おとうとから学ぶ人類にとって大切なこと

昨日は弟から電話があった。
私が送った牛肉のお礼だ。

弟は精神障害があって自立が難しい。
医師いわく「奇跡的にひとりで暮らせている」という状況。

しゃべる言葉は2割くらいを除いて
ほとんどの人には理解が難しいだろうと思う。

そんな彼に、2年ほど前、彼女ができた。
人生で多分、初めて。

弟はそこから精神的に格段に安定した。

安定、というのは、以前なら
ほとんどの時間、彼は苦しみと戦っており
妄想と不機嫌なことが多く、
周囲の言葉、とくに母の言葉に過敏に反応し
よく切れた。

苦しさの中からよく電話をかけてきた。
そしてしばらく話を訊いていると
だんたんと頭の中の重たい靄が鎮まってきて
「大丈夫そう。ありがとう」と電話を切る。
時には時間がかかることもあった。

ご想像に難くないと思うが
そういう時の彼を受け止めるには
こちらの準備が必要で
こちらが完全に心を静めておかないと
彼のエネルギーでこちらが揺さぶられる。
瞑想が必須なわけだ。

彼はその揺れを敏感にキャッチして恐れる。
彼から見ると、「あれ、ねえさんがぶれてる!こわい!」となる。
そしてその恐れが怒りに変わるのだ。
(そういう化学変化を多くの人は理解できない。
だから周囲の多くは、彼を恐れ、切り離します。)

そうすると彼の状態はさらに悪化します。
彼の状態に関わらず、私が落ち着いていて
彼の難解な思考、感覚、言動に対して
開いて対峙することができれば
このゲームに奇跡という結果がもたらされます。

私の夫はこのゲームがとてもうまいのです。
それで、私が準備不足で臨めないときに
よく出場してくれます。
本当に難しいはずのことを
夫は淡々と微笑みのなかで行います。

そして、ごく普通に
「たくちゃん、それは理解できないな
たくちゃん、それは必要ないんじゃない?
たくちゃん、それはいいね」
などと、対話しています。

弟もそんなぶれないシンゴさんの明快さに
いい影響を受け安定します。
(なぜか結婚当初から弟はシンゴさんに信頼を置いていて
「シンゴさんは中村家のさ、希望の風なんだよね」などと言っていました。
約8歳年下の義兄に対して。)

私の中には弟と近いバイブレーションがあります。
同じ親から生まれ、同じ家庭で育ち、
縁のある魂として地球に来たからです。

ですから弟の言葉の8割くらいを多分私は理解できる。
しかし近いものは共振しやすくもあり、
ともすると共倒れする可能性が強いのです。

これが、精神的な問題を家族で解決したりケアすることの難しさです。
実際私は夫と出会った37歳を過ぎてもまだ
いつか自分は父や弟と同じ側へ行ってしまうのではないか、と
ひそかに恐れていました。
その素養は充分すぎるほど自分の中に感じていましたから。

私は父から多くの才能をもらったことを知っていましたが
それを自覚すると同時に病理への恐れも感じてしまう。

だから自分の人生は常に裏腹に分裂していました。

ぶれないバイブレーションが絶対に必要です。

私は自分が共倒れしない程度の強さと支えを持つため
自分と向き合い変える取り組みをしました。
これなしには私の人生は完全にめちゃくちゃ、
混乱と不幸の連続だったからです。

いくら幸せを求めても、
それを受け入れるスペースがありませんでした。

話を弟に戻します。
彼女ができた弟の精神が安定した、というのは
病状が良くなったわけではありません。
ただ、心が笑顔になったのです。

相変わらず彼は
「ねえさん、俺の言葉、難しい?
ねえさん以外の人は俺がしゃべると
なあーにいってんだ?!って、なるよ(笑)」と言います。
それが以前は苦しみ、悲しみと怒りの中から発せられていましたが
今は笑顔で話せるほどになりました。

「俺はね、みんざい(催眠導入剤)飲んでるからさ
寝る前にいろんな人に言われたことを全部
あれがあったから自分にとって良かったんだ、
こんなことがあったから今こうなってるんだ、って
全部良いほうに、こじつけでもなんでも
全部変えてから寝るようにしてるんだ。

彼女に対してもね。
でも彼女はときどきうわの空で
全部忘れちゃっててさ。(笑)」

(みんざいと、そのあとの話に関連性がないでしょう?
これはわりとわかりやすい例なのですが、
この溝が深いとほとんど何言っているのか
わからなくなるのです。

パーツではいいこと言っているのですが(笑)。

父もこんなののもっと激しいのをやっていました。
父はそれに双極性がかさなるので
もっと極端になるわけです。)

しかしなにしろ二人で大笑いするようなことも
以前にはなかったことです。

弟の彼女はデイケアで知り合った人で
私と同じ年。
弟と同じ病気です。
非常に純粋ですが彼女もバランスを崩すことが多い。

でも弟は、感情を害することなく
ほとんど彼女を理解している様子です。

愛は確実に彼を成長させています。

それでも、それでも、
彼らには圧倒的に、他者の助けが必要です。
後見人がいなければ何一つ自分たちで社会的責任を負える状態ではありません。

でも、それでも、彼らは幸せでいる努力をしています。
互いを幸せにするために、全力です。

私が被災地への支援をしたい、と思うとき
だいたいいつも不足している弟のことが浮かびます。
以前は父のことも、そして今も母のことが浮かびます。

例えば、私が弟や父を赦しすぎると(私の節度ではそんなことはないのですが)
母に負担がかかったりすることもあります。
「あんたが甘やかすからこうなるのよ・・」と言われるようなこともあります。
父に対してもそうでした。
悲しいですよね。

でも悲しいままで、それはそれでいいんだ、と私は思います。

私が弟のケアをどこまで、どうすればいいのか、
どんな責任が負えるのか、
これは多分、一生の課題です。
正解はないのでしょう。

私にできる本当にちっぽけな支援を
今誰にどのように送るべきか
私はいつも自分に問いかけます。

そしてその度、自分を思い出すのです。
傷だらけだった私の傷は今いったいどうなっているのか。

その傷は私に何を教えてくれたのか。

弟の幸せは病気を治すことでもたらされたのではないのは確かです。
彼は見事に病気を背負ったまま
心を笑顔に変えて見せたのです。

それは、表面的に意図してそうなったわけではないでしょう。
でも心の奥底から渇望していたものがかなったのです。

愛するべきなにかを彼は見つけました。
愛することによって、彼は心に微笑みを取り戻しました。

この在り方から私たちが学べるものは大きいはずです。

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こんにちは。

父が亡くなって今日で丸一ヶ月。初めての祥月命日です。

つい先日、週刊誌からの取材を受けました。朝、ピンポンとベルが鳴り、あれ、ご予約のお客さんと違う・・・と思うと、という感じ。
取材にいらしたのは、若くてかわいくて賢そうで奥ゆかしい感じの女の子で、この炎天下の沖縄にしっかりと正装なさっていました。

父の死について、まだかたづいていない問題がありますので一瞬緊張もしましたが、人間として向きあおうと覚悟を決め、取材に応じさせていただきました。

電車の中吊りにも見出しが出ましたので、変なふうに盛り上がるのかなとも思っていましたが、訃報のときとは違ってとても静かでした。私たちにひとときの静けさと安堵を与えてくださる神と人々のはからいに感謝しております。

記事には私のブログの、父の病気への描写の部分が引用されていました。客観的にそれを読むと、やはり悲劇的な感じがしました。しかし私の中に起こる不安というのはおもしろいもので、家族が嫌な思いをするのでは、という気持ちだけです。同胞を裏切りたくないというような感じでしょうか。父の名誉のためというのなら、病気は役者の(天才の)勲章だ、というような気持ちで胸を張れます。

私がブログに父の病気のことを晒すのは目的があります。以前にも書きましたが、統合失調症や躁鬱病は100人に1人ほどの人がかかる病気だそうです。その家族はと考えると同じような問題を抱えているご家族は全体の1割か2割、となるかもしれない。それほど社会に大きく関わっているはずの問題が共有出来ればもっと理解や解決へと道が開かれると思うからです。

どのような問題もそうなのですが、当事者が自分たちだけで抱え込んでいる間はものごとは好転して行きません。問題というのはたとえ世界で自分だけの問題だと思ったとしても、それは地上に、人類の課題として与えられたものと同等です。

私のところへいらしてくださるお客さまもよく「この問題だけはどうにもならないと思っていました」「墓場までこの思いを持って行かなくてはならないと思っていました」「自分のような悩みを持っている人がいるなんて想像もできませんでした」とおっしゃいます。そうでないと気づくことは、同時に神の光の下に差し出すことになります。

分かち合うために話し合い助けを求めること、という人間のコミュニケーションの原型、愛の顕現を人生の中でみんなで体験していけたらと思います。そのためにもまずはあまりに傷付いた自己は癒してあげる必要がありますし、まず、助かるのだということ、変われるのだということ、なにより、そのような問題に直面すること自体が霊的に進化する種を天から与えられているのだと気づいていただきたいと思います。

昨今のスピリチュアルが、人生そのものの価値や現実から分離した逃避的な快楽につながらずに、本当に人間を本質的全体的に救うための具体的な道標となることを切に願っています。

末筆ですが、私と父との関係の中には本当にゆるぎない愛と信頼があるということを日々感じています。それは生前にも会話の中で確認済みでしたが、実際そうだったと実感しています。今生でそうなれたことが一番の奇跡のようでもあります。父の溺愛のような愛情がいつも降り注ぎ、それを感じると泣けてきます。何度も何度も、それを味わっているところです。