潜在意識の浄化でなにが変わるか

ワーク、つまり自分の創造への取り組みをするということは、潜在意識が浄化されるということ。
だから、変わる。

変わるということに対する捉え方がいろいろで、セラピーやスピリチュアルの世界でも、変わりましょうとかいや変わる必要はない、とかいろいろ言われます。

変わらなきゃという時、行動や振る舞いだけを変えようとか、生活習慣をいきなり変えようとか、見た目だけのイメチェンなどをイメージすると、一見わかりやすいけれどなんだか無理してる、とってつけてる、という感じになります。

意識エネルギーが浄化されると、ハラの中から反応が変わります。

例えばすごく簡単なテストをします。

疑いようのない真実を述べた真理の言葉を読んだとします。
そこで自分のハラやアタマや、そしてハートはどんな反応をするでしょう。

ワーク前の自分はこんな感じでした。

「それはすごく正しいとわかる。でもそれを実践するのはすごく難しい。だって、自分は自分の思い通りにならない。周囲にもわかってもらえないし、それが本当の私かどうかもわからない。それは偽善かもしれないし、今よりもっとがまんが必要かもしれない。ああとてもじゃないけど、それは無理。今だってこんなにいろんなことに精いっぱいなのに、これ以上がんばるなんてできない・・・・・」

「そうね、時間があったらやってみよう。今あるこの問題が片付いたら、環境が変わったら、今山積みのこの課題が終わったら、いつか自分もそうなれるかもしれない・・・・・」

「なんだか自分が非難されているような、責められているような嫌な感じだ。罪悪感も感じる。こんなふうにできたら苦労しないよ。できる人がいるなら会ってみたいもんだ・・・・・」

「やっぱり自分には何かが欠けているいるんだ。なにか劣っている。できっこない・・・・・」

こんな、「変わることへの抵抗」の声。否定的な声です。

世間では、ネガティブエネルギーを忌み嫌う傾向があるかもしれませんが、本当はポジティブかネガティブか、ではなくて、真実、真理、全き善、神と愛に対してどれくらい否定的なのかが、人間本来の自由さ、創造性の妨げとなっています。

いつも笑顔でいたって、ハラやアタマのなかが「抵抗」でいっぱいなら、それは否定的な状態です。ハートはもちろん開いていません。

「否定的」に対しても数々の誤解があります。

誰かの意見に対して反対意見を持つことを否定的、と思っている人が多いように思います。もちろん違いますよね。
否定的な自分を避けようとして、何に対しても肯定するのが良いこと、と思っている人も多いかと思います。
私ももちろんそんな時期を体験しましたが、そうすることによって発見したのは、自分が善きものであろうとする姿勢の奥に、恐れが横たわっていたということです。

大切なのは、その抵抗が恐れから来ていると気づくことです。
肯定すら、否定的であることに対する恐れから選択している、ということに気づくことであり、気づきによってそれらの恐れが浄化されてくると、私たちは自分の内なる意志をあるがままに肯定できるようになり、ひいては内側に座する神の言い分を受け入れられるようになるのです。

気がつくと、真実に対して心を開き、ハラから感動できる自分がいます。
変わるというのはそういうことです。
当然ながらその変化は、言動や習慣や、見た目のイメージをも変えます。
エネルギーが変わるわけですからね。

これらは自分を知ることに他なりませんが、自分が他人と比べてこんな傾向がある、というような相対的な分析を重ねても自分を知ったことにはなりません。
自分を愛することにはなおなりません。

浄化された心は、光りを通し、光りのままに染まることができます。

そこに私たちは本当の自分を見ることができます。
ワーク、始めましょう。

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いつもありがとうございます

丹光とオーラが見えるという方から、その活用法についてご質問いただきました。
次回取り組みたいと思います。ありがとうございます。

エネルギーを整理する。


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今月も半分が過ぎようとしています。早い早い。時間をいーっぱい使い切りたいものです。時間を使い切るにはどうすれば一番いいかというと、私はエネルギーの整理整頓だと思います。そうすると時間は増えます。

時間を有効に使うことを、予定をびっちり入れたり、たくさんこなすことだと解釈し、それを目標にしてしまうことはありませんか。私は以前はそうだったと思います。そうしていると一時期は気分がよかったり達成感があったりしますが、何かの折に、全く以前と変わっていない自分に気づきます。それは人間性を試され、感じ方、受け止め方、対処の仕方が問われるような出来事です。成長した自分として対処しようと奮闘するのですが、格闘の挙句、結果は似たようなものになったり或いは終わった後の気分が敗北だったり、成長していなかった自分と出会うことになります。

エネルギーの整理整頓には、エネルギー漏れチェックが必須です。漏れチェックのためには1、ベクトル確認と、2、要不要確認があり、これらができるとかなりすっきりし、結果として時間の無駄遣いや回り道がぐんと減ります。

これは正確に言えば、意識のなかで心はなにをしているかを観るということです。まさしく瞑想ですね。心は意識のあるあいだじゅう、動きまわり、何か仕事をしていますがその仕事が建設的か、或いは破壊的かによって生まれるエネルギーが変わってきます。

建設的な仕事とは実際には「囚われなく柔軟で自由な流れ」をしていることです。魂は前進し、成長します。これが自然の姿だからです。破壊的な仕事とは反対に「囚われ硬直し膠着した」状態であることです。

前者では心は自然な反応と適切な対処をします。そして必要があったり考えたいことに意識を向けられる状態です。後者ではなにをしようとしてもなにかが心に引っかかっているのでなにをしても充分でない感覚が残ります。晴れない、すっきりしない、もやっとする、という状態です。

後者の状態をそのままにしておくと意識はこのひっかかる異物をなんとかしなくてはと反応し始めます。危機がある、敵が近くにいる、バイキンが入った、というような認識をし、それに対処します。対処法というのが戦うか逃げるかというやり方です。攻防戦です。見えない相手なので、その攻防は脳のなかで起こり、思考を使ってなんとか撃退しようとしたり(理屈で勝ることで負かすとか理論で決着をつけようと)したり、五感で不快を感じないように麻痺させようと(お酒やタバコや娯楽や恋愛などの快楽に没頭することを選ぶのも方法のひとつ)したりします。ピリピリして怒りっぽくなることも、無気力で無感覚な状態になることもあるでしょう。

この身体の対処法は緊急避難的なやり方です。その間になにか糸口が見つかって気づき、ほぐれ、手放すことができれば問題は去り緊急体制は解除されます。しかし緊急避難によって解決したと思い込んでしまうと、私たちはこの緊急避難を常用するようになります。そうなってしまうと異物は核を手放すことなく保留され奥に刺が刺さったまま周りを塗る固めることになり、治癒は遅れてしまいます。

この状態が何日かつづくことがあれば何十年と続くことがあります。特に子どもの時に作られた核は、存在さえ忘れ去られます。これが幼少期のトラウマなどと言われるものの正体で、この核を中心に大人になっても何度も上書きされたり、似たような核を作っては緊急避難を繰り返したり、或いは緊急避難対処をすることが日課であったり目的のようになっていたりもします。

これくらい古くなった核を癒やすには適切なやり方が必要になります。簡単に言えば感じきることですが、これは一人では容易ではないでしょう。ポイントを絞った瞑想であるヒプノセラピーや高次元波動のヒーリング、的確な問いかけなどが最良だと私は思います。いったんそのお掃除が済んだ後は、エネルギーの整理整頓がとてもしやすくなり、また整理整頓の効果もぐっとあがります。

そうするとベクトル確認=私の心は今なにをしていますか?充電=愛することでしょうか、漏れ=破壊行為でしょうか、というこの意味がわかりやすくなります。そして、破壊行為であれば、それは必要でしょうか、不要でしょうか、と問いかければ、無駄なことをしているかどうかがはっきりとわかります。この作業で内面を解決、解放し、エネルギーの整理ができ、ロスが減って、魂と歩調を合わせて歩くことがしやすくなるでしょう。

文章で伝えるのは本当に難しいのですが、セッションを受けてくださるとわかりやすいと感じていただけるのではと思います。やはりご自身の実際に則した実践には個人セッションが一番の早道なのです。大勢の方に一度に伝えたいと以前は考えていたのですが、本当の実践と実感を個人セッションでご体験いただくことが実は着実な前進なのだと最近は納得しています。