似たものは似たものを癒す

ふと思い立って、ホメオパシーを導入してみた。手軽に通販で2種購入して、入門書も入手してみた。

フラワーエッセンスなどで、成分のないもの、波動だけで効くものには慣れているのでなんの疑いもなく、でも少々、どの程度実感があるものかな、などと思いつつ機をみて使ってみた。2種しか手元にないのでヒットするかどうかもわからないと思いつつ。

しかし、効いた。

なんとなくは理解していたけれど、入門書を読むにつけ、自分のカウンセリングと似ているなーと思った。

ホメオパシーは、同種療法と訳され、激烈に簡単に言えば、似た毒は似たものを癒すという法則からもたらされている。限りなく薄めた毒でもって似たものを治そうとする力を生命から引き出す。

私の中にもあらゆるエゴの特性からくる毒があった。解体し浄化し癒して薄まって薄まって、私に対して毒づくことはほぼなくなり、聞き分けのいい従順な、人間ぽさ、と、微笑んで見ていられるほどの「傾向」と言えるものになりつつある。

そうすると、その波長に引き寄せられて、似たものを私のところに持ってきてくださる神の使者たちがいる。それが私のクライアントさんだ。

薄まった毒は、共感、共振という愛のひとつの表れでもって、ともに作用しあって、癒すちからを引き出す。

クライアントさんが癒されるのであれば、私も癒される。私の毒もまた、引き出され更に解体され、意識の明るみに現れ、薬として働くなどという役目を授かる。

生きてきて良かったな、と思う。

セッションへは、ホメオパシーにおける急性の症状の状態で見える場合と、慢性の状態で見える場合がある。

急性には「苦痛」が伴う。この場合、心身はバランスを崩していて、内面のブロックはもうブロックとしての役割を終えようとしているので気づき、手放すばかり、という状態。毒だしをして、学びの新しい段階へ上がり、新たなステージでのバランスをとってあげればいい。

慢性の場合は、毒を取り込んではいるけれどその状態でバランスが取れている、という状態なので、まずは充分にほぐし、支えを抜き取り、バランスをいったん崩してからこれまで支えてくれていたブロックに対してきちんとお別れをするというようなことをできるだけ痛みなくスムーズに行うことが目的になる。

慢性の方の訴えの特徴としては、

「別に今なにか大きな問題があるわけではないけれど、何か忘れていることがある気がする。

「本当の使命というか、目的というか。なにかある気がする。だけどそれを探そうとしてみると、自分はいったいなにがしたいかもわからない。」

「よく考えてみると、なにが好きとか、これはできないとかしたくないとか、そういう基準も、はっきりわからない」

というようなことをおっしゃることが多い。

いずれにしても、変わりたい、知りたい、と思って動いたときには、変容の旅は始まっている。

考えてみると、この世の生命の原初的な仕組みと、ホメオパシーの哲学は合致しているのかもしれない。

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