ヒーラーとは

セラピストを続けているうちに、神の意識の介在なしに本当の癒しはないとわかった。神の意識とは超意識、無限の愛と言い換えてもいい。

OSHOの言葉に「サイコセラピストたちは、ただあなたにつぎを当てて修理するだけだ。サイコセラピストは、あなたを変容させるために存在するわけではない。あなたに必要なのは、メタサイコロジー、ブッダたちの心理学だ」とある。

私自身の体験として言うのだが、前者は原因と結果、加害者と被害者を分けて、あなたがどこに属しているかを分析する。あなたはこの世界に居場所をみつけていったんは安堵するかもしれない。しかしその居場所はやがてあなたを閉じ込めてその生命、魂を縛る。それはぬぐえない後悔や失態を残す。あなたがどちら側に属したとしても。

それは癒しではない。赦しではない。それは分離だ。

本当の救いとは、癒し一つになること、統合に私たちを向かわせる。それこそが人間の奥底に横たわる叡智であり光という薬だ。それは修復するのではなく、すべては前進であったと気づかせる。それが変容。

変容へは私たちが最も高きものに求める思いによって導かれる。潜在意識という混沌を超える秩序が超意識でありそれが私たちを魂と一致させる。それが統合。その働きこそが奇跡。

奇跡を願い呼び込むもの。それがヒーラーの本質だと思う。

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ヒーラーのしごと

みなさんこんにちは。心のセラピストAZUです。

今月初めに行いました、遠隔ヒーリングをお受けくださった皆さま
ご感想、ご報告や感謝のお便りをありがとうございます。

中には好転反応と言えるような浄化をご体験の方もいらっしゃるようです。
特に内面的な変化は慣れないとご自分では図りきれないところもありますので
変化に関するご質問などありましたらご遠慮なくご連絡ください。

ヒーリングには副作用はありませんので
どなたにでも安心してお受けいただけるのですが
癒しは変化であり
人間は変化を恐れるものです。

癒しに伴う変化ですらそうですから
癒しにはナビゲーターが必要だと思います。
ヒーリングをすることはある意味誰にでも可能です。
しかし責任を持ってサポートすること
理解し説明できることというのが
プロのヒーラーの大きな仕事であると考えています。

この仕事をしていてつくづく思うのは
世間的な尺度というものが圧倒的に通用しない世界だということです。

ひとつのことを伝えるために
同じ言葉を遣ったとしても
受け取る方の受け取る次元は様々に違い
結果として違うことが伝わります。

ブログやホームページのような不特定多数の方へ向けた文章で
正確に表すことはとてもとても困難です。

一方、セッションにいらしてくださった方の多くは
とても深遠な概念に対しても
「とてもわかりやすいです」とおっしゃってくださることが
ありがたいことに非常に多いです。

そして「みんな絶対に知ったほうがいいのに」
「みんな一度は受けたほうがいいのに」
とおっしゃっていただけます。

あるとき「もっと広めるべき!」とおっしゃっていただいたので
「よろしくお願いします」とお答えしたら
「いえ、AZUさんが」と言われ少し驚いたことがありました。
なぜかというと、私としてはそのために全力を注いでいるつもりだったからです。

私は公私ともに
真理と言えるような神聖な叡智に携わっている立場にあると認識しています。

これをおひとりおひとりのハイヤーセルフに問い合せながら
ご一緒にその叡智を紐解き明らかにして
気づきという小さな悟りを積み重ねていくのが
私のセッションです。

いろいろと模索してきましたが
一対一、またはごく少数の方々と向き合って行うセッションこそが
深く早く正確に大切なものを共有し
ともに霊的な成長をしていける方法だとわかりました。

多くの方が「これは、体験した人にしか絶対わからない」
「自分でどんなに努力して考えてもここには至らなかっただろう」とおっしゃいます。
それほどに、知性で想像したものと実際の気づきの体験というものが違うのです。

不特定多数へ向けて書かれた言葉を自分に当てはめて考えることは
多くの疑念をも呼び込みます。
疑念は思考を呼び、言葉を思考で理解しようとがんばってしまえば
本質からは遠のいてしまいます。

概念をハートで捉えるにはある程度の体験的な土台が必要になります。

例えば、多くの方は戯曲をお読みになるは少ないと思います。
戯曲とはお芝居の台本のことですが
これはセリフとト書き(動作や背景などが言葉で書かれています)でできています。

戯曲を読んで理解しハートで捉え感動するところまで行くには
戯曲から舞台を想像(イメージ)できなければなりません。
意識の中で、実際に演技者を設定し
動かしたり声を出させたりするのです。

こんな表情、こんな動き、配置、こんなキャラクターでこんな風に会話する、
というようなことを
文章を読みながら同時に意識の中で行うのです。

こんなことは実際のある程度の体験がないと難しいと思いませんか?
私は大学で演劇を学びましたが
最初のころはほとんどできませんでした。

何度も舞台づくりを体験してみて
だんだんとわかるようになるのです。

セッションも似たようなものです。
意識の世界を扱うので
それを自身のこととして捉え、掴むには慣れとコツがいります。
ですから体験者と一緒に体験してみると
つまづきどころも楽に乗り越えられるし
安心とリラックスが根底にあると
それだけスムーズにのびのびと取り組めることになります。

もしご自身に痛みや苦しみがあるのなら
その感覚に深く共感できて
しかも乗り越えた体験がある人であれば尚更
ナビゲーターには適していると言えます。

技術は当たり前ですが
結局のところ人と人、つまり意識と意識である、というところが
圧倒的に重要な点だと言えます。

引き寄せよう、などと言いますが
すでに引き寄せているのが世界なのです。


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