セラピーのゴール

みなさんはなぜ、自分の内面と向き合おうとなさいますか?

きっかけは多分、外面の世界との関係(対家族、対社会、恋愛その他の人間関係)、自分自身との関係(自己認識、自己コントロール)に問題が生じたことだと思います。私が辿り着いた自分を幸せにする原則は、他者を変えたければ自分が変わる(生長する)こと。そして幸せになりたかったら、愛を実行することです。

いろいろ考えているとごちゃごちゃしてきますが、混乱したらいつも原則に戻ることにしています。自分がすっきりすれば世界はすっきりします。いろいろな社会現象が目に見えて変わるわけではありませんが、社会を組成している一部である私の意識は紛れもなく全体の一部であり全体に影響を与えます。この原則に慣れると、自分の進化が見えれば周囲がすぐに変わらなくても必要以上に気にならないものです。ですから逆に、周囲が気になって落ち着かない時は自分の前進が滞っているか自分を見失っている時だとわかります。

すべての関係性の問題は愛の法則によって解決できます。もしすぐに解決しないものがあるのであれば、愛のほかに必要なのは時間と経験です。しかし愛なしに時間と経験を重ねても解決に向かうとは限りません。

すべての関係性を愛の法則によって解決することは、私たちを本質的に生長させます。霊的成長と言われるものはこのことを指しています。

私たちは幸せの実態をよく知らないまま人間として生きていますが、幸せとは何だろうと探求しそれを生きようとすることは、私たちを本質的に生長させ、ひいては人間はなんのために生きるのかという問いに自ら応えることになります。それ以外の目標はいつも危険と隣り合わせです。得れば失い、また失うかもしれないという恐れと抱き合わせです。幸せから逸れないことだけが私たちを奪うことも失うこともなく共生させてくれます。

幸せは感じるものであるし、愛もそうです。そしてそれ以外の領域では人間はとても弱い生き物です。賢さは愛なくしてはすぐに自滅してしまいます。それ以外の能力で人間はこの世に生き残ることすらできないでしょう。

私はインナーチャイルドの問題に長年取り組み、多くの方の問題に寄り添わせていただいてきました。

愛に関する問題の根っこはインナーチャイルドにあります。昔はその事実すらみつけるのにおおごとでした。今はネットという情報網があるので、その辺に見当をつけることがわりと容易です。

しかし、情報をもとに自分でワークするには結構なコツと原理の理解を要するのが事実だと思います。ひとつ間違うとワークは間違い探し、他者との違い探しとなり、それではなにかを理解したつもりでも実際は孤立し、癒したつもりでも実際は傷に目印をつけて目立たせたところにとどまります。

ワークの目的とはなんでしょう。癒しとは何でしょう。肉体であれば、傷や病理が治ればある程度元通りになります。しかし心というエネルギーは、本来正解というかたちがありません。雲のように常に変化するものです。雲自体が悪者なのではなく、ただ時と場合によってはひかりを遮って世界を暗闇に見せます。

私たちの心の正しい在り方とはなんでしょう。雲一つない晴天を維持し続けることでしょうか。雨が永遠に降らないように自分を作り変えることでしょうか。

ワークで暗雲が晴れ渡ったときのその喜びはすばらしいものです。人によっては、その喜びのために私たちはまた暗雲を作り出すのだ、などと言う人もいます。それが人生なのだと。

それは本当の目的地を見失った人が、なんとか生きることをやめないでいるための暇つぶしのようです。そんなことのために人間は生きるのでしょうか。人生には雨降りも必要だ。なぜなら…と自分を納得させてすべてを無理やりいいことだと信じ込むことが幸せでしょうか。

私はごめんです。

私は、私の人生の創造者です。私が生きることで、世界は気づきという輝きを常に放ちながら生長しています。すべての私という存在がその一員です。つまりあなたです。

意識は創造し続けます。あなたが思うことはすべて宇宙という鏡に映し出されます。その連続が変化です。私たちは被造物であると同時に創造主でもあるのです。それを体験し続けています。個としてそしてすべてとして。

私たちは取り引きなしの純粋な喜びを生きることが可能です。私たちのすべてに備わった愛という質のゆえに。

以下はあるお客様からいただいたご質問に対して私がお答えしたものを少し手直ししています。(Mさん、ご質問ありがとうございました。)みなさんにとてもお伝えしたい内容となりましたのでこちらへ掲載させていただきます。(プライバシーには配慮しておりますがお気づきのことがあればご連絡ください。対処いたします。)

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書くという作業は頭を使いますよね。

言葉はものごとを整理するにはとても役に立ちますし、言葉にして顕在化することで無意識に光りを当てる作用もあります。ただ「理由をみつけようとすること」は感情への癒しには直接つながりにくいものかと思います。

たとえば怒りは正当化されるととたんに増長します。世の中では正しい人ほど怒っています。そして怒りは正しいという考えから自己を抜け出せなくさせます。

許さない気持ちというのはどこからくるのでしょう。
それは忘れてはいけない、という気持ちです。
忘れてはいけない気持ちはどこからかと言えば、覚えておかなければまた繰り返してしまう、という防御からきます。
それが役割です。

インナーチャイルドとはなんでしょうか。
それは、過去の体験データです。
すでに終わったことのリストです。

インナーチャイルドがなにか問題を起こすとしたら、理由は一つしかありません。それは、すでに終わったことを終わっていないと勘違いしてしまうことです。つまり脳と肉体が、今問題が起こっていると感知し作用してしまうことです。これはチャイルドと見立てて例えれば情緒的な反応に見えますが、実際は肉体がロボットのように機械的に反応しているだけと言えます。実際、脳と肉体のシステムがそうなっています。

癒しとは、現実に戻ってくることです。今のありのままの真実に戻ることです。今起こっていることと、起こっていないことを明らかにに認識することです。しかしそれは時にとても厳しいことです。ですから癒しは神に寄り添ってもらう必要があります。愛が必要なのです。

失敗という言葉で表現するのであれば、過去に失敗があったことになんの問題もありません。問題は、今も失敗し続けている、と、脳と肉体が判断してしまうことです。「問題が起こり続けていまーす」と、警報が鳴り続けているのです。

もし本当に今現在問題が発生しているのであれば、現実に対処することができます。でも実際にはそれは起こっていないので対処できないのです。

そうすると心の中にはいつもなにかしらの落ち着かなさや不安感、もやっとしたしこりの感覚があり、いつも対処すべき問題を抱えているような状態になり、それゆえその仮想問題以外の、今すべきことの優先度は意識の中で低くなってしまいます。当然そこにエネルギーが注がれることはありません。大事な人生の創造にちからがいかないのです。警戒警報中にバカンスなどその気になれないのと同じです。

さてそこで、実際は起こっていない問題を解消するには、意識の中で問題を終わらせてあげるだけでいいということなのです。それがインナーチャイルドワークであり過去世ワークです。

人間の脳とからだは、実際に起こっていることと鮮明にイメージしたことの区別がつきません。それゆえに起こっている不具合は同じ原理によって解消してあげよう、というやり方です。

それには思考をお休みさせ、五感を駆使し、リラックスして、心をオープンにバーチャル体験したいのです。それがヒプノセラピーです。

私は自身の体験から、このやり方が人間の仕組み上最も優しく適切と感じました。終わったことを終わったと理解するには、そのようにか「感じる」ことが重要なのです。それが心身ともに納得し、腑に落ちた状態です。

そうなったとき、私たちは安心して前に進むことができます。不安や恐れや緊張や、自己の欠陥や間違いがなくなるのではなく、自然な生長という変化の軌道に戻ることができるのです。

変化の中の今に生きるとき、私たちは自然に過去を忘れます。手放すというのはそういう感じです。

過ちも成果もともに経験し、今がある、ただ、今があれば良し、となっていきます。

みなさんに申し上げるのですが、もしご自身の大事な友人が傷ついて動けずにいたらどうしますか?その精いっぱいの思いを友人に向けてほしいということです。そして友人のために神に祈ってください。その友人は過去の自分自身です。

なにかを訴えているのならその訴えを聞いてあげてください。しかしその言い分が真実ではなく、傷を負った状態で、痛みを抱えながらの過剰な訴えだということをいつも心に留めて、全部本気にはしないでほしいのです。ただ気の済むまで寄り添う姿勢が大事です。解決してあげるのでもなく、助言するのでもなく、見守って、気持ちに共感してほしいのです。あまりに傷ついた人が死にたいとか殺してやると言ったからといって全部本気にして手伝ったりしないのと同じです。それくらいの思いなのだと受け止めてあげることです。

その友人は自分であり、未来の愛する相手です。この世ではすべて、自分が自分に行ったことが自分に還ってきます。

過去もそうでしたがそのすべてを理解することはできませんし必要ありません。ある程度理解したら、今、(愛を)行い始めればいいのです。それが未来のあなたへ還ってきます。あなたがされたいように自分にしてあげてください。創造するのは常に今だけです。