陳情

母校の狛江第6小学校は、公立の普通校にしては相当特別な学校だったように今更ながら思う。その大きな要因として、音楽の飯島先生の存在が心に浮かぶ。小学校では担任の先生がほぼすべての教化を担当していたが、私は中学年を除き、音楽の授業を飯島先生から教わることができた。

飯島先生は、芸術家を絵に描いたような風貌のかっこいい先生で、礼儀や所作に厳しくて有名だった。先生の風貌は、まず俳優の杉浦直樹さんのような威厳のある顔立ちをしていて、頭頂には髪がなくつるっつるに光っていて、側頭にはくせっけのようなくりくりした髪があった。パイプをくわえてこげ茶の毛糸のベストにベレー帽がとても似合っていた。音楽室に隣接する音楽準備室は先生のアトリエであり、重厚そうなステレオと、落ち着いたソファーと、観葉植物がおいてあった。

授業で音楽室に向かう時は、まず自分の教室の前で整列して、私語を謹んで整然と歩き、その静寂を保ったまま音楽室に入室する決まり。私は小学生の頃はだいたいなにかの代表をしていたので、この整列を率いて歩くことが多かった。

私はこの飯島先生が大好きだった。大好きなどというレベルではなく、心から尊敬し絶対的に信頼していた。個人的にお話をしたのは卒業の間際の、学校中の先生とクラスメイト全員にサイン帳にサインとコメントを書いてもらった時にお願いしたのが最初で最後だったかもしれない。今思い返してそうかもしれないと考えた時に驚いてしまうほど、私は先生との意志の疎通と絆を感じていた。

先生は音楽準備室で私たちを待っている。私たちが整然と精神統一して入室することができると先生はその気配を受け取り、笑顔で私たちを迎えてくれる。私はその笑顔が見たくて、クラスみんなの心が集中することを祈る。私たちが気を乱して入室すると先生は無表情、無言で現れ「もう一回」と静かに促し私たちは教室を出て心を仕切り直し、改めて整列してノックをし、引き戸を開け、整然と歩いて席に着く。

そうやって私たちは集中することをからだで学ぶことができた。授業を受けさせていただく、という姿勢をどのように示したら目上の方に伝わるのかということを身をもって教わった。先生は決して大きな声を出したりはしない。音楽家である先生は静寂と調和を何より重んじた。私たちがそうであると心から喜んでくれているのがわかったし、そうでない時には心から失望しているのがわかった。その先生の思いを先生はテレパシーと表情でよく伝えてくれた。私は先生から一瞬たりとも目を離したくなかった。先生からの無言のメッセージをひとつも見逃したくなかったからだ。

現代では、飯島先生のような教育は批判されるのかもしれない。実際に子供たちからは恐れられていたし、授業が苦痛と感じる子供も少なからずいただろうと思う。でも私はそこに愛しか感じられなかった。あんなにも心を使って私たちを見てくれるおとなは人生で数少ない。その偉大さと恩恵はますます強く奇跡的に感じられるばかりだ。

飯島先生は一曲の歌唱を教えるとよく、ワンフレーズを全員順番に独唱させた。私がもっとも嬉しい瞬間だった。その歌が先生の心に響くと先生は目を大きく見開いて驚きの表情を見せ、とても美しい言葉で心から褒めてくれた。私が心を込めて歌うとそれが先生に伝わり先生からの心からのねぎらいが返ってきた。私は自分がとてもとてもすてきな女の子になったような気持ちになった。歌がうまいのだ、と思うのではなく、すばらしい女の子なのだと感じることができたのだ。なぜなら先生は私たちの歌う心、歌う姿勢に全力を込めることを私たちに求め、全員に対して心から期待して待っていてくれたから。

私はサイン帳のトップページは飯島先生に書いてもらおうと決めていた。3月に入って、サイン帳を買ってもらってすぐに飯島先生の部屋へ行った。先生にサインをお願いすると先生は「今年は随分早くに来たねえ」と笑いながら応じてくれた。

トップバッターだったおかげで先生は時間をかけて丁寧に書いてくれた。それはこんな感じで始まる。
「3月初旬の美しい昼下がり、部屋のソファーでいい気持ちで○○中学校の合唱曲のレコードを聴いていると
―――トントン、今お時間よろしいでしょうか。
入ってきたのは、まあるい顔に大きな目、明るい笑顔の、すばらしい女の子。・・・」

人生にはこんなすてきなめぐり合わせがある。努力しても努力しても追いつかないかに見えるたくさんのことのほかに、予期も期待もせずしてあらかじめ与えられてしまう幸運もある。

今日思い出していたのは実は飯島先生のことではなく、この学校で朝礼のあと、校庭から下駄箱までの行進曲として使われていた曲のことだ。最近になってよく思い出すのだけど、「風」「戦争を知らない子供たち」などが行進曲としてよくかかっていた。

今ググってみるとこの2曲は同じ北山修という人がが作詞している。経歴を見るとフォークソングのミュージシャンでありながら精神分析家、臨床心理士などとなっていて驚く。

「戦争を知らない子供たち」

北山修作詞・杉田二郎作曲

戦争が終わって 僕等は生れた
戦争を知らずに 僕等は育った
おとなになって 歩き始める
平和の歌を くちずさみながら
僕等の名前を 覚えてほしい
戦争を知らない 子供たちさ

若すぎるからと 許されないなら
髪の毛が長いと 許されないなら
今の私に 残っているのは
涙をこらえて 歌うことだけさ
僕等の名前を 覚えてほしい
戦争を知らない 子供たちさ

青空が好きで 花びらが好きで
いつでも笑顔の すてきな人なら
誰でも一緒に 歩いてゆこうよ
きれいな夕日が 輝く小道を
僕等の名前を 覚えてほしい
戦争を知らない 子供たちさ
戦争を知らない 子供たちさ

―――世はベトナム戦争の真っ最中であり(武力衝突開始1960年、終結は1975年。なお不正規戦争で宣戦も講和もない)、憲法の制約のある日本政府もアメリカ合衆国の戦争遂行に基地の提供といった形で協力していた。日本国内でも、一部の文化人や学生を中心に、反戦平和運動は盛り上がりを見せていた。そのような中で発表されたこの曲は、日本における代表的な反戦歌となった。

大阪万博でのコンサートで初めて歌われた。(Wikipediaより)

6年間の小学校生活の中で、この曲で何度行進しただろう。インストゥルメンタルだったので最初は歌詞も知らず、ある時興味を持って知り、頭の中でいつも歌うようになった。

こんなふうに育った。私はその頃確か、こう思った。私は一生、戦争を知らない子供として生きるんだ。この曲で行進する時、私は見守られているような大切にされているような、そんな感覚を覚えていたと記憶している。

さっき、夫と話していて図らずも涙が出た。まさか私が生きている間に、戦争の心配をするような時代が、言論と想うことへの自由を奪われる恐怖が来るとは思ってもみなかった。私の目の黒いうちに。

きっと、私たちの意識や生き方にそうさせる何かがあったのだと思う。本当に次の世代に対して申し訳ないし、情けないと思う。あきらめはしないが、政治と社会には時々本当に暗澹としてしまう。また学び直しか、と。

私は子どものころから黙っていられない子どもだった。嘘や矛盾やごまかしを見逃せない。本当のことを言いたい。誰かが沈んでいるのも困っているのも苦しんでいるのも見過ごせない。その杭は叩かれ折られ、紆余曲折しながら今の生き方を創った。とても小さな場所で小さなものを大事に生きている。そしてその尊さも意味深さも悟り、今に満足している。でもそれは、言論と表現と思想の自由あってのものだ。この地上において私を自由にするのは想いと言葉だ。それしかない。他に私の大切なものを示す術を知らない。生きる術を持たない。

その自由を奪われたらそれはもしかしたら人生で過去最大の試練となるかもしれないと思う。怖いとかいうよりも、そうなったら神は私になにをお望みになるだろうと不思議にさえなる。今あるすべてを学びたいと思う。今ここにあるすべてを。そして伝えたいと思う。生きている限り。

自己肯定感、あります。

からだだけが自分じゃない。そう自覚している人はきっとたくさんいるだろう。心が大事。そう思っている人もきっとたくさんいる。

思うようにならない自分と格闘して葛藤して、潜在意識≒インナーチャイルドを探求している人も、今はたくさんいる。情報もたくさんある。

そしてこんなことも起こる。自分の過去に作った傷がたくさんみつかった。原因もわかった。一生懸命修復に取り組んでいるけどなかなか変われない。やっぱり自分には無理なんだろうか。がんばってもがんばっても追いつかない。

愛にあふれた人ほど、自分の内側の傷を見て、それに圧倒されてまた傷ついてしまう。思慮深い人ほど傷を負った自分自身にさらに問題を感じてしまう。

私自身、おとなになってみて何一つ思うようにならなくて自分を振り返り始めて数年、いや10年、いやもっとそれ以上長く、そんな思いの中にいた。

掘り起こせば起こすほど、自分の未熟さ至らなさに直面して自分を責めてしまう。そんな中で情報に照らして自分を分析し評価するとしたら「自己肯定感(自己評価)が低い」んです!みなさんそうおっしゃる。そしてその低さを作った原因がわかれば、それを修復できれば、誰かを許せれば、変われるかもしれない、そんなふうに感じている。

私も本当に長い時間かけてその答えを探しさ迷ってきた。私のその体験と時間をできたらみなさんに捧げたい。もし受け取ってもらえるならば。私の経験が、あなたの時間を短縮すること、そしてあなたがさらにその先を体験すること、それが魂の仲間の共通の目的だ。

身体だけじゃない、外側じゃない、中身が大事。中身が本当の自分だというところまで真実を突き止めたみなさんは、潜在意識こそが自分の真実だと思ってるかもしれない。或いは潜在意識こそが自分の宝もの、或いは自分の真の導き手、或いは神さまのような存在だと捉えているかもしれない。でもそれは、違う。

潜在意識は体験の記録の集大成のこと。からだという特定の反応をする方程式がつまった箱に何かを放り込んで出てきたもの、それをしまっておく場所のこと。いわば肉体のデータバンクだ。

データをいじって修正する権限を持つのはそれ以上の知能を持ったものに限られる。データがデータを改善することはできない。或いはデータの箱がデータを改善することはできない。権限を持つのはあなた。それを教え導くのが魂、ハイヤーセルフ、そしてその中核である全き神である。

私たちはこのデータをまとっている。このまとったものを自分自身と勘違いしている。傷だらけでみすぼらしい、くたびれたその姿に更に傷つき、それでも立ち上がって今度は修繕を始めようとしている。これは一人ではとても無理だと悟ったから手伝ってほしいと私に申し出てくれる。

いろいろなヒーラーやセラピスト、カウンセラーがいて、あなたを手伝うと言う。すごく長い時間をかけてその修繕を一緒にやったり(やってもいい。でもそれは目的ではない)、もっといいハウツーがありまっせ、と提案したりしている。どうです、私、立派でしょ、きれいでしょ、あなたもこんなふうになれますよ。それが宣伝文句。

でも私に言えるのは「それ、ただの服なんですよ」ということ。潜在意識、インナーチャイルド、あなたが自分あるいは自分の本質だと思っているそれは、データが編み込まれた、服なんですよ。

最近のセッションでのこと。その人の魂の光、愛の炎があまりに燃え盛っていて、その愛の炎でその人のまとったぼろぼろの服は既にほとんど燃え尽きているかに見えた。魂そのものが光を放ち、自らがまとっていたかりそめの古い衣が燃え堕ちようとしているさなかにまだ、その服をなんとか修繕しなければと真摯に訴えていた。あまりにまっすぐにそこに居てくださったから、私もまっすぐに伝えることができた。

「その古い服、脱いでください」

その方はしばらく目を見開いて、というか肉体の目をぎゅっと閉じて、心の眼を見開いてじっとしておられ、それからまっすぐにこちらを見て「そうか。そう観たことはなかった。確かにそうだ。魂はきれいなんだ。きれいなものなんだ。それが自分の心なんだ。」

その方は一瞬で悟られた。自分は魂なのだと。心の核は魂で、汚れた心と感じていたのは多くの体験を吸収し、くたびれた衣服だったと。服がどんなにズタボロでも、魂はそれに影響すらされることなく美しいままなのだと。私はその方のまとった焼け堕ちる寸前のその衣がばらばらと灰になり崩れ落ちるのを見た。そんな見事な再生に出会えたことが奇跡だと感じる。

しかしだったらなぜ潜在意識の探求などするのだろう。

それは、その衣の命を全うさせるためだと認識している。学びを完了させるとも言い換えられるが語弊もある。それは理屈や知識で得るものではない。感情の燃え残しに聖なる火を点火し燃焼させることだ。

人間は、五感を通して受け取った情報を感覚として感知し、そこから化学反応で感情の波を起こす。生長の道すがら、情報は確かに受け取ったけれど湧いてきた感覚や感情は感じ切らずに置いておいた。そんな体験が器に余る莫大なエネルギーを使わずに溜めている。鮮度が落ちたそれは、やがて器にこびりつき沈殿する。ものによっては腐敗する。

「感じ切ってください。」ヒプノセラピーでのあなたのミッションはこれにつきる。あとは、魂がやってくれる。

ごびりつきや沈殿物や腐敗物を燃焼したときあなたの内なる光は増し、その光があなたの内側と行く手を照らし始める。だからあなたは歩けばいい。光りの中で光とともに生きればいい。あなたのまま。一歩一歩。光りによって周囲は良く見え、自分の内にある光が周囲を照らす。それがあなたの価値だ。それに評価なんて必要だろうか。

そうやって光の器となって再生したあなたは、過去に着ていた服のことを思う。もし生まれてこのかたきれいな服ばかりを着ていたならどうだろう。あなたは違っていただろうか。

ボロボロの服からも、肌触りのいい服からも、そこに吸収された体験から抽出され中身(魂)にしみこんでいくのが愛であり、どちらの服もその愛を抽出し終えたときその任務を全うする。あなたはやがて手放す服を、あなたが学びやすいように選んできた。あなたの父、母、家族の設定、社会と国家、時代背景。

その服にありがとう、愛しているよ、さようなら、全うしたねと心から言える。それが自己肯定だ。そう言えるようあなたの気づきを促すのが潜在意識への取り組みでありそれはそのままあなたの魂、そして内なる神への回帰への道だ。

単にきれいな服を着ている他人を見て、あの人には自己肯定感があるとか幸せそうだと人は言う。でもその人の中身は本当に寄り添い向き合ってみないとわからないものだ。ボロボロであれきれいであれ、その服に執着している間の肯定や評価などまったくもって価値がないと今の私は思う。それは誤解であり錯覚なのだから。

ひとりじゃない

「わたし、ずっとひとりぼっちだと思っていました。でも、ひとりじゃなかったんですね」

こんな言葉をヒプノセラピーやカウンセリングのセッション後にいただくことがよくある。それは、例えば両親との和解や対人での気づきがあったときに限られるのではなく、むしろ自分自身、深い自己意識、インナーチャイルドや自分の過去世の人生、またハイヤーセルフに触れたことによってもたらされる感慨であることが多い。

ひとりじゃなかった。

人生を生きていてそう感じる前と後では明らかに世界は違っている。どんなに他者と親密になったとしても、どんなに大勢とつながったとしても、そのことで「ひとりじゃないんだ」という平安を恒久的に持つことは不可能だ。私たちは出会っては別れ、得ては失う。得たものが大きければ喪失も大きい。これが地上世界の真実。

ひとりじゃなかった。

私にもかつてこの気づきがあった。それは黒から白へと切り替わるように起こるのではなく、巨大な歯車があるときから逆回転を始めるように訪れる。巨大な歯車とは、地球が私の世界を乗せて回っているのと似ている。逆転のために一瞬世界は静止しなくてはならない。それから慣習のちからに馴染んでいたあらゆる創造物は軋み、あるものはなぎ倒される。例えばエスカレーターがいきなり止まり逆走するようなおかしな感覚。それが地球レベルで起こるのだ。

ひとりじゃなかった。

その時、すべては変わる。たとえば光り。たとえば言葉。たとえば形。たとえば愛。
(ひとつひとつ想像してみてほしい。)

孤独の中に見える光と、ともにある者に見える光は。
孤独の中に語る言葉と、ともにある者が語る言葉は。
孤独の中に知る形と、ともにある者が知る形は。
孤独の中の愛と、ともにある者の愛は。

まったく別のもののように変わる。共有する範囲も、ベクトルもその意味も。
二つの世界はつながりを失い、さらなる孤独へと堕ちたかに見える。それが世界の静止と逆転だ。

ひとりじゃなかった。

これは瞑想における重要な通過点であり目的地でもある。内なる神は私たちを創造し導き育む。私たちの意識の根幹に座して私たちの生命に寄り添い続けている。私たちが今世のこの肉体を与えられるよりも遠く古からずっと。その存在を内に確かに感じることが、私たちを孤独という分離の幻想から目覚めさせる唯一の道だ。孤独である限り、私たちは戦わなくてはならない。自分を守れるのは自分自身。もしくはこの世で味方と言える少数の他者しかいない。私たちは安全を得るために戦い続ける。そしてその戦いに終わりはない。生とは死と死の合間のつかの間の、物語に過ぎない。

ひとりじゃなかった。

ひとたび孤独という幻想から覚めたとき、私たちの生は変わる。生は永遠のもの。生は真実そのもの。その時ようやく、私に私という存在が見え始める。それまでの私という幻想が軋みなぎ倒され、本当の私が見えてくる。私は永遠なるものの一部であり、真実の一部であり、愛であり、私は授かったものであり、私は生かされている者だとわかる。

ひとりじゃなかった。

その気づきは私を変える。私という過去の誤った枠組みを打ち砕き、私は尊さの顕現であるとわかる。私は愛されし者であると。

その時そこに自分への感謝が生まれ、自分を愛するということの真意が、すべての尊き者への賛美だということがわかる。私はすべての尊きものとともにある者。

自分への感謝は即ち尊きすべての者へのそれであり、すべての尊き者への賛美は私への愛だとわかる。その時、私というものは消滅し、ただ、神とともにすべてがあるとわかる。

世界に私はいない。
世界には私というすべてと、神だけがある。

使命

セッションで数名の方からほぼ同時にあるキーワードをちょうだいしました。そういう時はそのエネルギーが動きたがっている時です。ここからどこかへ、或いは同時多発的に、意識の大海の中でそれは震え輝こうとしています。そして言葉というメッセージとなり、人の気づきとなって流れを作ろうと発動しているのです。

キーワードは「自分自身への誤解」です。あまり耳ざわりのいい言葉ではないかもしれません。

私は長年、潜在意識の療法、つまりインナーチャイルドや前世療法、ハイヤーセルフのワークに取り組み実際の現場からたくさんの学びをいただいてきました。結局のところ、なにが問題の根っこなのか。意識の真実は薄皮を剥ぐように日々新しい姿となって私の前に現れてくれます。取組む姿勢は同じでも、根っこへ迫る道は日々シンプルに、可能な限りスマートに、みなさんをご案内できるようになってきていると思います。その道に従事する者へのそれがギフトであり、この世界に私を生かしてくださる神とみなさんへのご恩返しなのだと最近つくづく思うようになりました。

「愛」という、形に示すことのできないある大きな事象に込められた地上での意味は、私たちの気づきと体験と学びによって今も毎瞬上書きされています。この世のすべての事柄がそうです。世界のあらゆる出来事の意味は、私たちの実感によって書き換えられます。つまり、そこに込められたエネルギーは私たちの生命の営みと同時進行で変化し続けているのです。

潜在意識は、体験によって作られます。体験からくる実感が記憶された領域がそれです。

私たちは大海のうねりのような意識のエネルギーとともに、この肉体という船で波を体験しています。私たちは過去世から持ってくる見えざる記憶を初期設定とし、両親の創った王国に誕生し航海をゆるされます。細かなシナリオを持たないまま、地図のない航海を始めるのです。

しかしこのゲームの最大のカギは最初から手渡されています。魂は愛という至高の法則を記憶しており私たちはアクセスすることを思い出しさえすれば、どんな小道具や航海術を持つより遙かに安全で有意義な旅を進められます。

けれども私たちは荒波にあたふたするうち、すっかりそんなゲームの奥義は忘れ去ってしまいます。波を蹴散らし船の補修に補修を重ねるうち、この旅の目的どころか本当の自分の姿さえ忘れてしまいます。そしてイメージの中で、戦いのうちに受けた傷や怪我の後遺症や苦難の時に培った心の抵抗や痛み、孤独や悲しみのほうの記憶が鮮烈に大きく膨らんでしまうのです。

そんな自分が生きてきた人生、取り巻く人々、それらとのかかわりの中での自分像は、すっかり疲れ果ててボロボロでみじめでみすぼらしいかもしれません。逆にガッチガチに鎧を着こんで意気揚々としているかもしれません。どれにしてもその姿の奥にある本当の心、本当の気持ち、本当に感じていること、すなわち真のエネルギーの姿はよくわかっていないのです。そして周囲に対してはいつも「そんな自分がすべき行動」を無意識のうちに選択するようになっています。

これが自分自身への誤解、言い換えれば誤った自己イメージです。

私は、ヒプノセラピーの使命は誤解を解くことであると認識しています。誤解を解き、真実への橋渡しをすること。インナーチャイルドの癒しとは世間で言われているような、心の傷の原因探しなどでは決してなく、私の私に対する誤解を解くことであり、真の私自身との和解への道なのです。この和解なしに自分への愛は成就しません

実はこのプロセスこそが、無条件の愛、高次元の愛への最も重要なゲートのひとつであると私は思っています。多くの崇高な意思を持った人が首から上と下で分断されねじれた世界観の中でさ迷うのは、この領域に飛び込むことがある意味とても勇気を要する段階だからだと思います。おそらくどれだけのことを知っていようが、理解していようが、直感していようが無意味です。それは、自分が自分で進んで体験し突破するしかないゲートなのです。

魂はそのためにたくさんの仕掛けをしています。苦難や混乱という、あなたを撹乱させる思考や理性や既存の知識では対処不能な地雷を各所に埋め込みます。そうやってあなたに、魂自体に頼ることを思い出させるよう仕向けるのです。あなたの内の愛の体験の記憶の貯蔵庫である魂は、長い転生の履歴から愛を蓄え、あなたが肉体に宿りながらそこにアクセスし、その叡智を使ってあなたがさらにその体験を深めることを押し進めます。

その段階であなたはようやく、自分が自分にくっつけている歪んだ自己像に気づきつつあります。目覚めがそこまで来ているしるしです。

周囲からたくさんの攻撃を受けたと信じているあなたは、その攻撃によってずたずたに裂けた衣装をまとっています。でもそれは本当のあなたですか?答えはNOです。あなたはたくさんの人たちともみ合いながらコミュニケーションを繰り返し、古い衣装を脱ぎ捨てては生まれ変わっていきます。古い概念を捨て去りより大きな世界へと広がり続けています。脱ぎ捨てるほどに内側の光をよりストレートに放ちます。これが真実です。

あなたはそのプロセスの中にいて、それを体現しています。

決してひとりではありません。あなたは無限の霊(スピリット)とともに互いに作用し影響しあいながらその任務を全うしているのです。