原点と一歩

前回のブログ、『原点』と題しましたところ、なんとちょうど1000投稿目でした。偶然か、はたまた必然かお導きか。みなさんお付き合いいただきありがとうございます。

また先日22日は夫の39回目のお誕生日でした。彼のお誕生日ブログ、私へのプレゼントのようで嬉しいのでこちらに貼っておきます。よろしければこちらもお付き合いください。
あなたに合った治療法—誕生日

夫が39才の立派な中年の領域に突入するとともに、今年50才の私は夫から早くも初老と呼ばれています。まあ確かに、老眼もひどくなってきたし、先日会った弟からは「わかった、ねえさん髪のボリューム減ったでしょ。うふふ、かわいそう」と温かい笑顔で指摘されました。

もし私が霊性に目覚めていなかったら本気で憂鬱になっていることでしょう。早めに肉体意識から自由になっていたことを本当にありがたく思います。そうは言ってもこの世と魂を体験するためにはとても大切な肉体です。最低限のお世話と敬意はもちろん心がけております。

昨年あたりは50才が近づくにあたって、あと20年くらいがんばれるかな、20年の間に何がどこまでできるんだろう、などと若干気負った思いがありましたが、今日あたりふと「いやいやそうじゃないよ」と気づきがやってきました。「肉体の生命力の減速とともに為せることもだんだん収束していく。それでいい」のだそうです。なんだ、つまりは今までいっぱい乗り越えたり気づいたりしてきたことが集大成化されるなんて幻想を抱いていたんだ。むしろだんだん人生がおまけになっていくんだな、と、今朝がた悟りました。

どっかまで行く必要はまったくない、とわかっているつもりでも、ついつい過去の記憶の延長で気持ちは走っていこうとしていたんだと思います。それが肉体意識の記憶なんですね。

私たちはほおっておくと肉体意識の記憶(潜在意識)が優勢になって、過去の録音テープをいつまでも再生するように今日一日を過ごしてしまいます。それは創造というよりは消費です。

人生を消費するのではなくて創造する、というのは、やりたいことを探してやる、というような欲望を達成する生き方ではなく、ただいつも気づきによって愛と真実を思い出すことなのだと思います。なぜならその本質こそが不滅のものであり、それ以外は過ぎ去るものだからです。

そう言うと愛ってなんですか、と言う問いが聞こえてきそうですが、もし本気でそう思われたらぜひ、ご自身に真剣に問いかけてみてください。そのために瞑想してみてください。その問いには必ず何かしらの返答があるはずです。その答えの主こそが、本当のあなたです。この世で最も親密にするべき友はその存在です。

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