共感力。


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自分が自分の人生で精一杯だった頃は、ろくに世の中を見渡したりはしなかった。自分の宿題があらかためどが付いて、家族の問題にも向き合えるようになって、ふと、世の中を眺めると、呆然とすることがある。

情報を遮断することは、この南の島のはずれの、私の環境ではある程度可能だ。確かにここは静かだ。けれどだから地球が平和だというわけではない。今ここというのはもちろんそういうことではない。ひとたび情報の扉を開けば暴力や破壊的な想念が飛び込んでくる。自分が癒されるほどに、暴力や破壊的な想念はとても微細にリアルに感じられる。

意識を拡大するということは、見通しが効くということであり過去も未来もここにあることを知っているということだ。多くの共感力を持った人が、起こっていないことに苦しむのはこういう理由であると思う。訓練の段階で、起こっていることといないことを認識するのは大事だ。例えば「私はあの人にこう思われているのでこうなってしまう」というのは推測に基づく仮定に反応し、自分の対応を決めてしまっている。「こう思われているというのは、本当ですか?」というところから問い直さなければならない。カウンセリングというのはこういう問い直しの連続だ。

共感力を、周辺を察知するために使ってしまうとこのように外界に反応しつづけることでへとへとに疲れてしまう。不特定多数の人と一緒にいるだけで、人数分の神経を使って、自分の軸がなくなってしまう。

共感力というのは、進化のために欠かせない重要な能力だ。お猿さんが集団生活を円滑にするために「笑顔」というものを使う。その笑顔の意味は「敵じゃないよ」である。その意図は「だから攻撃しないで」である。その機能は防衛であり本能からくるものだ。しかし人間はそれ以上のなにかをそこでつかもうとする。防衛を超えた共感、それは思いやりや優しさや理解、受容とった連帯だ。愛の表現の一部だ。

人間は常に、防衛か、愛か、というせめぎあいの狭間に立たされているように思う。エゴか高次元か、と、スピリチュアル信奉者は言うかもしれない。しかし何を信じていようが起こっていることはひとつだ。防衛か、愛か。

「右の頬を打たれたら左を差し出しなさい」「銀の食器を盗まれたら、銀の燭台まで差し上げなさい」というのが神の教える秘法だ。人間は、愛によってしか動物以上のものにはなれない。もし動物でいようとするなら人間という動物はとんでもない秩序の破壊者だろう。動物は生存のために本能を使うが人間は欲望のためにも巧妙な知恵を使うからだ。人間は本能に生きる動物には真似のできない、神のやり方を学び使うために存在している。愛を体現することによって。

もしこのやり方を実践したことのある人なら、その威力の大きさを実感済みだろうと思う。そこには奇跡がある。自分と、自分の最も身近な人との間で起こった奇跡は家族全体にひろがり、友人と友人の家族にひろがり、社会にひろがり、国家間という大きな単位の家族にひろがる。それが平和の確立だ。

日本という家族の動向を率いる首相のやり方、発言を見ていると、今のところ幻滅する。「右のほほを打たれるのを待って、闇討ちしたい」とか「番長がやってるから闇うちにのっかる」という精神が見え見えだ。要は戦争がやりたいのだ。そして、そういうのをやれやれとのっかる国民がいったいどれくらい存在するのかと想像する。

先月、「母べえ」という映画を見た。第二次世界大戦前と最中の世相が描かれていた。多くの日本人は「戦争に勝てる」と思ってそれを楽しんでいたんだというあたりが伺えた。戦後日本は思い切り戦争を恥じて反省したのだとばかり思っていたが、本当は敗戦を恥じてリベンジを狙う思いが集合的に(あるいは一部に)潜むということもあるかとふと思う。母べえでは近所のおばさんが「どんどん勝って気持ちいわね」と浮足立ちながら戦利品の配給を貰いに行く場面がある。また隣組の組長さん(商店街のおじさん)は米英との開戦に「そうこなくちゃ」と胸を張って言う。とてもリアルに感じた。戦争が破壊するものをなにも理解していない人の感じが。彼はとても親切で善人なのだ。普通のおじさんなのだ。

相手の気持ちになって、身になって、相手の痛みや喜びを想像する、というのは、愛の第一歩だ。現代のスピリチュアルのワークでは、そういうことが自然に出来ていてなお、そこから来る弊害に苦しむ人を救済するのが大きな仕事である。私たちはその先へ行かなくてはならない。しかし、戦争などの破壊行為はまず相手の身になって痛みを知る機能をぶっ壊し、マシーンか、アニマルになることで目的を達する。切磋琢磨には摩擦は必要だ。けれど、立ち上がれないほど破壊するとか、殺す、という選択肢はいい加減卒業したいものだと思う。未来の人間たちに恥じない今でありたい。戦争にまっしぐらの日本。魂のリーダーが政治を率いる時代はまだ少し遠いのかなと待ち遠しい。

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