人生という旅を通して知るもの。


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P1000029東京の母のところからアロエベラを連れてきました。

少し前に、2012年作品の映画、レ・ミゼラブルを見ました。久々に、これぞという感動をしまして、それからちょっと感動づいています。私は玉川大学の芸術学科、演劇専攻で学びまして、授業でたくさんのミュージカルナンバーを歌いました。野宮勲先生というなんというか、スペシャルな先生が指導なさっていて、校舎ではあちこちからレッスンする歌姫の歌声が聞こえておりました。

同級生には天才がいて、いつもその子の表現にはドキドキさせられました。歌っても無言で動いてもセリフを言っても、それがシェークスピアの叙事詩であろうと、完璧な話し言葉に聞こえてしまうような、才能でした。高校生ですでに地元の社会人劇団で演出をしていたと聞きました。まだ脚本というものをどう読んだらいいのかさえわからない、日常の話し言葉しか知らないような私たちの中にあって、彼女の「舞台表現を読む力」はいつも圧倒的でした。彼女の発言を聞いて勉強になったことははかり知れません。

彼女もいつも私の表現を事細かく見ていてくれました。そしてずいぶん後になってから「あの時の美緒のあれにはまいった」などと話してくれました。私にすれば、そんなふうに見ていてくれる、見守り理解し、認めてくれる存在というのは何よりの支えでした。

玉川の演劇専攻にはそういった存在がたくさんいました。自分のことで精一杯のはずのあの時期にあって、そういうふうに心の目を注いでくれる同輩、先輩がたくさんいました。卒業して10年以上経ってお話する機会のあった先輩が私のことを語ってくださったりしました。最近では昨年夏に我が家に来てくださった先輩がそうでした。私にとってはそういうかけがえのない心の眼差しが愛として自分の生命を支えてくれたと今でははっきりとわかります。20年目のクラス会の時にも、あの時の美緒について、今もそこにそうして佇んでいる女の子を語るように話してくれた同級生がいました。たった一度、アルバイトで一緒になった私の弟のことまでずっと気にかけていてくれた同級生もいました。この人たちの心はどうしてそんなに広いのだろうと思いました。私が思う何倍も、ただ思っていてくれたのだと思うと、私はただの一期一会では片付かない、魂の仲間という世界を思わずにはいられません。

私は以前から周りの人を好きになりすぎて、自分ばかりがそうなってしまうのが恥ずかしいと思っていたことがありました。記憶力が良すぎる点もそうです。多くの人がさらっとその時期を過ごして前に進むのに、自分は愛着がありすぎるように思っていたのです。ですが、年月が経ち、時間を経て仲間に再会する機会が出てきたこの頃、あの頃の愛はずっと生きていたんだ、と思える体験が重なり、自分の感じていたことは思い過ごしでも一時的な気の迷いでもなく、実在したのだと教えてもらうことができた気がしています。そのことは私の人生に大きな価値を与えてくれています。愛は不変であり普遍なのだという証をもらったのです。

私がずっと生命を注いでいた表現の世界はそうした純粋性と、そして大局的なエゴの欲望の両極を内包する修羅場でもありました。そしてそこでは王道のセオリーとか、成功の秘訣などは効力を持ちません。私たちはそこで多分、ただ巻き込まれるしかないのです。私が見つけたただひとつの平安への道は、そこから目覚めることだけでした。

人生というのは不思議なからくりでなされています。目に見える目的と魂の目的はだいたいにおいて違います。多くの人が気にしている運命と実際の運命は違います。学んでいると思っていることと、実際の大切な学びは違っています。得たと思っていることと、実際に得ているものは違います。

ですが、それでも、すべてが無駄であるわけではありません。すべてに意味があるというよりは、あらゆる出来事は、すべてには生命が宿り、神が宿ることを知る機会となるということです。やがてはすべてが解かる時が来る。私たちが何をしているのか、ということを、というようなチェーホフのセリフがあります。キリストが磔にされた時「神よ、お許しください。彼らは何をしているのかわからないのです」と言いました。そしてキリストにはわかったのです。それがわかったら、それがわかったらね!。

(チェーホフ、三人姉妹より。)

「・・・やがて時がたつと、わたしたちも永久にこの世にわかれて、忘れられてしまう。私たちの顔も、声も、なんにん姉妹だったかということも、みんな忘れられてしまう。でも、私たちの苦しみは、あとの生きる人たちのよろこびに変わって、幸福と平和が、この地上におとずれるだろう。そして、現在こうして生きている人たちを、なつかしく思い出して、祝福してくれることだろう。ああ、かわいい妹たち、わたしたちの生活は、まだおしまいじゃないわ。生きていきましょうよ!楽隊は、あんなに楽しそうに、あんなにうれしそうに鳴っている。あれを聞いていると、もう少ししたら、何のためにわたしたちが生きているのか、なんのために苦しんでいるのか、わかるような気がするわ。・・・・それがわかったら、それがわかったら、それがわかったらね!」

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