癒しの先にあるもの。


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10年以上前、ヒプノセラピストの仲間と一緒に仕事が出来たのはとても有意義だったと思う。同時進行で数組のセッションが行われていて、トイレ休憩や昼休みに課題をシェアすることができた。「中村さんだったらこういう場合どうする?」とか「これ、どういう仕組だろう?」というふうに。当時のセラピストたちは先駆者たちでツワモノ揃いだった。こういう出会いに私はとことん恵まれている。セラピーは個人セッションだから、ひとりでやる人が多いと思うけれど、ひとりで抱えるには大変な仕事だ。自己浄化をどんどんやらないと間に合わなくなる。

今も私は主人と一緒にセラピーをしいるので、セッションからいただく気づきを毎日シェアできる。互いに勉強になるから、互いに真剣に耳を傾け合える。疲れたら互いにヒーリングや治療もできる。とても理想的な職場だと思う。本当は職種に関係なく、気づきを分かち合うことは家庭の大事な役割だと思う。人間はおとなになるとお金を稼ぐことに力を費やし、浮世の義務に気をとられてしまうが、家庭内の対話こそが人間としての部分の成長と、一番大事な、愛を育む場の核となる。

20代になり、自分の内外にある問題解決への道を探し続けたが、インナーチャイルドという概念に出会うまでには時間を要した。そしてインナーチャイルドを直接癒やす体験までさらに何年もかかった。

『インナーチャイルド≒今世で形成された潜在意識全般』としていいと思う。トラウマ、というふうに理解されることが多いが、トラウマというなら人間の心はトラウマによって形作られていると言えるのではないかと思う。彫刻のように、刀で削り取られてはじめて美しい個性的な形を為す。

インナーチャイルドをいったいどこまでどのように癒やしたらいいのだろう。取り組みを始めた方の多くが抱く疑問だと思う。

癒やすというのは、削り取られた形をもとのつるつるの塊に戻すものではない。その削り取られた形に磨きをかける。磨きをかけるには、その作品からいったん離れて客観視したり、また再度感情移入したりする対話(コミュニケーション)が必要になる。そして、それが全体として納得の行く、しっくりくるものになるように整えたり丸みを持たせたり、さらにエッジを効かせたり、磨きこんでいく。観察し、考察し、共感し、根気よく気長に、優しい愛情を持ってつきあう。このおつきあいが自分への愛だ。

これは「いつまで続くんだろう」という質問に値するものではない。命あるかぎり続くものだ。むしろ、それを始めることが重要だ。いつ始めるか。

癒やすとは、分離してしまった自己の源と再会し、一緒に生きることを始めることだ。そこそこの距離を保ってつきあえている人もいれば、全くもって、傷に引き裂かれている人もいる。しかし再統合し、自分自身とより親密に、人生を生きることを始める機会を得ることが重要だと思う。

その出来事はきっかけに過ぎず、与えられた長い生命を、この瞬間の喜びとともに生き抜くことを始めるかどうか。そしてその生き方を忘れずに捨てずに、何度も思い出しながら生きていけるかどうか。

そのことへの気づきこそが魂を満たし、人がいかに生きるかという問いかけにいつも応えてくれる。

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