それでも拡大し続けている。


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昨日のことでしたが、いいしょうがちでーびる。旧正月が明けました。祝福のように美しいお天気で、奥武島の漁港の船に旗が瞬くように光っていました。

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私は日常の多くを、人間について考えながら過ごしています。今であればやはり、311以降とても大きな問題が噴出している日本という国全体の今と行方のことが心にずっと在るというのが正直なことです。少し前から日本には戦争に近づこうという動きがあります。戦争が終わる度に、もうゴメンだと何度となく人間が心に刻んできたはずなのになかなかそれは消滅しません。

以前は21世紀こそは平和な世界になるだろうと漠然と望んでいました。しかし21世紀の幕開けはNYのツインタワーの爆撃でした。

それ以降もイラクとアメリカの戦争と、日本の派兵があり世界では相変わらず紛争が絶えることなく起こっています。

しかし、それでも私は人間は確実に着実に進化していると感じています。そしてその進化は無限に続くと確信しています。

いろいろな毒出しが起こり、潜在的に隠れていた不調和は、潜む事ができずに浮上してきています。どんどん明らかにし、情報を共有し、そして古い習慣を手放して新しくより崇高なものに対して個々が自己を開いて行くことだけが重要だと感じます。

私は十数年にわたり、潜在意識に変容をもたらすセラピーを行ってきました。この体験を文字にするのは本当にもどかしいものです。あまりに形而上過ぎて言葉に降ろすと情報量が多く複雑すぎるのです。

私は数多くの奇跡的な体験をしています。奇跡というのは偶然で稀有な産物のことではなく、人間の過去の集積から来る知恵では計り知れない超越的な進化の顕現のことで、神の愛が地に降りたものとも言えます。神の日常は人間には奇跡なのです。

人間は、さっきまで『あれ』を信じ、『あれ』でなくてはならないと思い込み、『あれ』以外に解決策はない、と疑わず、『あれ』が最も価値の高いものだと感じてやまなかったというのに、一瞬にしてその『あれ』を手放してしまうことも可能なのです。

そして、『あれ』を手放すことでより自由で満ち足りた自己を体験することができます。これは自己が拡大された結果です。

そして霊的な成長というのはこの連続です。

人間はこの連続を体験してきています。時に目に見えて現れなかったり長いスパンでしかそのイベントが起こらないと、まるで後退したり、或いは同じ所をグルグル廻っているように感じられることもあります。

生命というものが肉体のことだけだと信じてしまうと、進歩しない人生というものあるかもしれません。しかし、魂として不滅の生命を生きているのが人間なのだと仮定してみると、私たちは勇敢に全身し続けています。賢くなり、賢さ故にエゴの罠にはまり、そのカルマを経てまたそれを解脱していきます。途方もない小さな一歩の繰り返しにより私たちは今ここまで来ています。

人間のこの姿を目の当たりにする私は、人間って素晴らしいと思ってます。いい面ばかりという意味でも、いいところばかり見ているわけでもありませんが、それでも素晴らしいと言えるのはこの人間の意識の仕組みすべてがあまりに広大無辺であり精密であり神すぎるという真実においてです。

未だ多くの人がこの仕組をほとんど或いはまったく知らずに、知識や文明だけに酔いしれながら生きているかと思うと本当にもったいない、と感じます。それぞれの人の中に神のシステムがあり、そのシステムによって生かされていることを多くの人が知るようになればどんなにすごいことになるでしょうか。

恐らく第一には、多くの人が自分を尊ぶということがどんなことなのかわかるようになるでしょう。自分を尊ぶ、他者が尊いものであるように。そうなると、自分と他者を比較して自分や他者の価値を決めるというようなことが無意味だということがわかると思います。

人間は神の前で平等だなどと言われますが、その意味は平等な権利があるというよりは、神の前に並んだら人間の個々の差なんてどんぐりの背比べくらいに些細だという意味だと思います。どんぐり同志であれこれ批判したり他のどんぐりと自分を比べて自分を裁く暇があったら、神だけを見てあんなふうになろう、と努力するほうがはるかに無駄がありません。神の目線から自分を眺めてみたら小さすぎて点にしか見えません。そしてどの人を見ても同じくらいの点にしか見えないわけです。良い面も悪い面も、どっちも大差ないのです。

しかし、最初は点であれ「よし、神というお手本を見て、自己意識をお掃除して世界を拡大する努力をするぞ」と決意した人というのは圧倒的な変容を遂げ、またその恩恵を受け取ることになります。恩恵とは、拡大されることによって、より愛することができる存在になれることです。

神は無限に愛します。その神の資質を自己の中に有することができるように、近づいて行くことができます。愛以上に強い原理、法則がないという真実を、人は人生の中で体験していくことになります。

よく「もっと愛されるあなたになる」などというスピリチュアルビジネスのキャッチフレーズがありますが、もし自己を拡大した体験がある人なら、誰があなたを愛するかは問題じゃない、自分が愛するかどうかだ、というふうに思うはずです。愛しているという状態こそが魂のあるがままの姿なのです。

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