新年によせて。

平成26年、2014年、あけましておめでとうございます。沖縄はお正月、素晴らしいお天気に恵まれました。渡沖からあと6日でまる5年になります。なかなか沖縄ビギナーの気持ちが抜けませんが(それほどに奥が深く学ぶことが多いから)少しずつうちなーのちむぐくるに寄り添えるようになっているのも感じるこの頃です。主人とともに、沖縄へ来てくれてありがとう、と言っていただけることに深い感謝を感じます。本当に、来てよかった。ありがとう、沖縄とうちなーんちゅのみなさん。

知念具志堅に住んで初めてのお正月です。除夜の鐘は聞こえなかったけれど、花火の音で新年を知りました。あれは糸満の観光農園だったのでしょうか。今年はまだイルミネーション見ていません。今日までですね。このイルミネーションは、平和への祈りが込められているそうです。すべてのイルミネーションがそうであればいいと思います。美しいものを見て心動かされるのは、人間の心が美しいものだという証です。心が内なる神を思い出しているからそうなるのです。この世のあらゆる美しいものはそういう役割を持っています。

音を聞いて窓から花火を探しましたが見えませんでした。でも音で充分。それから夫とふたり、ヨガマットの上で正座で(笑)向かい合って新年の挨拶と抱負を互いに言葉にしてから、瞑想しました。根源なる神とすべての聖なる存在、それから家族全員、私と御縁のある人すべてに感謝を伝えていると、あっというまに30分以上が過ぎていました。途中、自分のからだのことを思い出そうとしましたが、よく思い出せませんでした。意識(スピリット)の次元にちゃんと行けているんだなーと、あとで思いました。でも意識では、ただ、感謝を伝えているだけです。そうしていると、感謝が拡大していって、世界が感謝だけになってしまいます。瞑想って、とても楽しいですよ。あれが現実世界で、こっち(物質界)が幻想世界なんです。瞑想するってことは現実世界に戻ることなんです。現実世界に戻る道と癖をつけてくれるのが瞑想です。そのクセづけができてくると、祈りは神との直接対話になります。

翌日元旦は首里末吉町の末吉宮へ初詣。神社仏閣巡り大好きな風間家二名は、普天間宮以外の沖縄八社にはすべて詣でています。そして金武以外すべてを自転車で廻ったことがあります。しかしこちらへ来た当初は初詣ひとつとっても沖縄の歴史を学ばずには通れない道がありました。神社とは。信仰とは。歴史とともにそれらの出来事に対する思いがわからないと、習慣の違いを理解することも困難です。

末吉宮と、社がある末吉公園も、戦火に焼かれたそうですが、今は本当に美しい場所です。ダイナミックな自然の様相も、人びとの思いによって守られています。1485082_438026042993275_694223578_n

1521997_438026036326609_1307581788_n元旦でありながら、行列も混雑もないところも私たちには魅力なのですが、それでもさすが元旦の日中で、人がいるね、と何度も小さく驚いてしまいます。

帰ってきて心の中に楽しい記憶として残っているものを探ってみると、それは道々、すれ違う人と交わした挨拶でした。「こんにちは」「おめでとうございます」。実は、人を元気にするのはこういうことかもしれない。主人から全く同じ感想が出てきたのも印象的です。

10年以上前になりますが、NYに歌を歌いに何度か行って、心から魅力を感じたあの町の思い出も実はそんなところです。あれだけ人が多く文明が進化した町で、目が合うと挨拶したり、後からくる人のためにドアを開けて待っていてくれたり、電車で隣り合った時間だけ、身の上話をしたり、ちょっと肩が触れただけでも目を見てごめんね、と言ったり。そういうことが普通にできる町って、歩くだけで元気になるのです。10年以上経っているのに、そういう言葉を交わしたシーンをはっきり思い出せるから不思議です。NYでやっているのだから、東京でもできるのではないかと思うのですが。最近の東京はそうなっているかしら。だったらとてもステキだけど。

私自身もとても警戒心の強い怖がりさんで、そうそうオープンにできない心情にも共感します。本当に必要な場面もたくさんありますし、それによって、予め避けることのできる困難がたくさんあります。NYなどという場所は、そういうことをきちんとしていないとひどい目に合う可能性は東京の何倍も大きい。もしかしたら、そういう暗黙の了解(自己責任)の認識を共有できているからこそ示すことができる友愛なのかもしれません。

今年も、みなさんの意識とともに、世界をともに創っていきます。ますます意図的に、意識的に。どうぞよろしくお願いします。


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