光のディフェンス

日本は今、非常に不安定で荒っぽいエネルギーに揺さぶられている状況だと思います。多くの方が不安やいらだちや無力感を、意識的にも無意識的にも抱えています。このエネルギーは私たち一人一人が意識的に向き合って浄化してあげるに越したことはありません。気づいた人から整理整頓、そしてお掃除することで世の中が少しでも明るくなり、明るくなればまた見通しができて、次なる気づきへと導かれます。

もし今、どうしていいかわからない、なにをすべきか、またなにに気づけばいいのか、とモヤモヤを感じている方は、どうか一番身近な問題をみつけて取り組んでみることをお勧めします。

身近というのは、一番はまず自分の内面です。内面に何かしら問題があるとお感じならそこに向き合うこと。次に自分自身の一番近辺の関係。家庭の中や家族との関係。保留にして先延ばしにしていて気になっていることなど。世界を平和にしたかったり社会問題が気になる時、けれども直接行うことが見つからなかったり直接行うことにパワー不足や虚無を感じるなら、外側でなく内側、もしくは最も身近な関係を見直すことです。

私たちの意識のシステム、認識のシステムは、内在するエネルギーを外側のスクリーンに投影します。そして、そのスクリーンに映しだされたものに対して反応します。その反応は内側にあるものが映し出されているだけですが、あたかも映しだされているものが原因であるかのように認識します。

私たちの悩みのほとんどは人間関係です。自己の欠点そのものが私たちを混乱させることはあまりありません。欠点によって、何かがうまく行かなくなると私たちは葛藤し混乱します。そのうまくいかないことというのは殆どの場合人間関係です。

ある人とうまくいかない、ということがあっても、その相手に対して、愛と信頼をもって丁寧に向き合うことができさえすれば、その問題は時間をかけたとしても解決します。うまくいかないという状況下にあるとき私たちは混乱し、本来の愛という自己の中心にいることができなくなります。ぶれる、というのはこのことです。ぶれないというのは動じないということではありません。愛という光の衣の中にいることを知っていてその場所からものごとを観たり聴いたり対処したりすることです。光の衣を着たままで動けるということです。

けれど私たちはなにかうまくいかないことがあると感じたとたんに、光の衣を脱ぎ捨てて、素手やもしくは戦闘用の鎧に着替えてものごとに当たります。風当たりは厳しさを増し、相手も同様に戦闘衣に着替えて挑んできます。

私たちは何かに対処する時、確かに向き合い、時に闘う必要があります。この闘いというのは、虚構との戦い、幻影との闘い、恐れとの闘いです。つまり闘う相手は自己の内側に在ります。その闘いをするのに、重たい、不自由な、足手まといになるような鎧をつける必要があるでしょうか。そのディフェンスは役に立たないばかりか自己を縛りつけ、能力を阻みます。

私たちは光の衣によるディフェンスを選ぶべきです。

この光のディフェンスは、闇を照らし、心を暖め、受け入れるスペースを生み出してくれます。理解する根気と、落ち着きと、勇気と、叡智を私たちに与えてくれます。

うまくいかない時、私たちがしなくてはならないのは、まず立ち止まり、ひと呼吸置いてからこの光を呼び出すことです。そして光にディフェンスをお願いし、それから実際に出来得る対処について考えます。第三者に助けを求めることが必要なこともあるでしょう。いずれにしても光の衣のディフェンスによる加護と導きを忘れずにいて、そして願うことです。

求める人すべてにこの光の衣は与えられています。しかし私たちはついつい求めることを忘れます。他者や自己にばかり求め、導きを願うことを忘れます。他者や自己にばかり求める時、人は与えられているものを忘れてしまいます。すでに持っているものが見えなくなり、与えられているという感謝も感じることができなくなってしまいます。

そんな時人は地獄にいます。けれどこの地獄にさえ無感覚になることができるのが人間の特技でもあります。地獄に気づかなければ地獄から抜け出すこともできません。点検し、ディフェンスして取り組んでみてください。

あとは具体的にしなくてはならないのは整理整頓です。混乱を解き、誤解を解くことができれば、あとはエネルギー的なお掃除が進み進化へと私たちを連れて行ってくれます。この作業のお手伝いが私の仕事と心得ています。コツを覚えてどんどんご自身でできるようになるまでサポートさせていただければ一生もののお供になると思います。

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