平和を創る真の法則

みなさんこんばんは。AZU WORLDをご訪問くださりありがとうございます。

今日は終戦記念の日。沖縄へ来てみると、沖縄戦の終戦記念日『慰霊の日』があり、県民はその日に祈りを捧げます。6月23日。沖縄はとっくに終戦していたのに本土では2度も原子爆弾が落とされ、まだ勝利を信じている人がたくさんいたのですね。

何度も書いていますが私の祖父も沖縄の地で兵士として亡くなりました。なんの訓練も受けていない満鉄の多分エリート社員で、劇団を主催する芸事青年でしたが。私が住んでいる南部のどこかにその肉体は埋まっていると思います。お墓には髪の毛と爪しか入っていないと聞いています。

私たち夫婦が沖縄へ来たのも終戦記念日にテレビ番組で(その時はたまたまテレビがうちにあって)放送されていたドキュメンタリーを見た時の主人の一言で決まりました。なんで戦争の話で決意したのか当時はわかりませんでしたが今はわかります。戦争と平和を通してもっと人間を学び、平和を創ることをしたかったからです。

私は今という時代に生きることができていることを魂にとって最高の幸運だと思います。私は多くの人の過去世の記憶をみさせていただいていますが、過去の地上に生きた人々の過酷さがいつも身にしみます。おかしなことですが、みなさんの過去世の生き様、そこから来る思いを目の当たりにしながら歴史を学んでいます。人間の思いがどのようにこの世を創造してきたか、本当によくわかるのです。

痛みの強いトラウマ的な記憶を持つ人生、また痛みに耐え切れず無意識的にこの世を送る人生。その想念の影響を私たちの潜在意識は引き継ぎ影響を受けながらまた今世のコード化された記憶を再現しています。私たちは真実に目覚めることでしかこのマトリックスから自由になることはできません。

今日はいらしてくださったお客さまの印象深いお話をご本人の許可を得て掲載させていただきます。

彼女はコツコツとご自身のトラウマ的なテーマに取り組んでこられました。本当に繊細で愛と清らかさに満ちた魂そのもののような女の子です。ご自身のテーマへの取り組みを一段落終えられましたが最近では『身に迫る戦争』についてよく考えられるそうです。

もしそのような追い詰められた状況になった時に、自分が果たして神の愛と繋がり正しい判断や選択や行為ができるだろうかと想像するととても不安になります、と。

このことは私もよく考えます。考えるというよりも、とてもリアルにイメージします。イメージできてしまうのでとてもこわい。そのこわさの中で自分がどのような状態になっているかと思うといたたまれなくなることもあります。

みなさんはいかがでしょうか。なるべくなら考えたくないことですが、今の日本の現状は、開戦前ととても似ているというのは事実だと思われます。違う選択ができるのでしたら回避したいですし、そのためにも各人各家庭でそれぞれの覚悟をする必要があるでしょう。(悪いことを考えると実現する、などという法則は真実ではありません。私たちの内側にあって無感覚に無視されているエネルギーが、解体されることなく現実化していくというのが本当です。うちにあるもの、また外から迫ってくるものには向き合って付き合うことが何よりのカルマの解消になります。)

彼女は障害のある子どもたちの教師なので、彼らに対峙する自分について常に問いかけをし自己意識を底からかき混ぜるようにして洗いなおし向き合っています。その姿勢や在り方に私は心を打たれます。

私の口から出た言葉はこうでした。「その時になればそうできると思います。すべては今の連続だから、今そのように生きていればその時にもそうなるでしょう。」「ですが、その鍛錬は恐れに慣れることでもその時に備えて準備するのでもなく、今、魂が満たされて充足して幸せでいることでなされると思います。そうであれば、必要な時に自己を差し出すことができると思うのです。」

私は話していてその言葉にも胸を打たれました。そしてその言葉を即座に受け入れていた彼女にも打たれました。今ここでこのようなことを語り合っている私たち自身の様子に打たれました。奇跡の風景を眺めているような感覚でした。

今ですら本当のことを言うにはとても勇気が要ります。本当の自分で在ることは高度な自己探求と鍛錬の成果でしかあり得ません。ですがそれがもっと過酷になった時にそうであれるかどうか、という彼女の自問とその在り方は、きっと人であれば誰もが可能な姿勢だと思うのです。生きる限り、人として愛を持った心であることを決して諦めない彼女の在り方。優しい人というのはそういう人のことだと思うし、人間であれば誰もがそうなり得るとやはり私は思います。そういう生き方をして満足するのは他の誰でもない自己と自己の魂です。

今すぐそうなるかどうかや、その方法がわかるかどうかは全く問題ではありません。ただそう在りたい、そうなりたいと願う心だけが必要です。そしてそのために探して求めるという探求だけが。求めよさらば与えられんという言葉は神の世の言葉で真理です。それは欲しい物を手に入れることではなく、心の在り方を言っています。私たちは心でしか真実を見ることも愛を知ることも満ち足りることもできません。心でしか本当に大切なものを手に入れられないのです。

今日の奇跡に感謝します。そして今を生きていることに感謝します。今この局面にあっても常に神の使者や肉体を持った本物の天使と触れ合えることに感謝します。

今日はそんな記念日でした。

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