今どうしても伝えたいこと

みなさんこんばんは。いつもAZU WORLDへご訪問いただきありがとうございます。

今日私は日本国憲法の全文をプリントアウトして、生まれて初めてすべて読んでみました。

どうしてこんなに美しく人間を讃えた憲法にもっと早く触れなかったのか不思議でした。でも、今日しっかりと出会いましたよ。

そして驚いたことに、憲法の言葉に感動して涙まで流しました。今日はその一文だけご紹介します。まず一度目を閉じて、深呼吸して心を鎮めてから読んでみてください。

 

第10章 最高法規  第97条

この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、

人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、

これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、

侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。

 

いかがでしょう。私はどうして泣いたりなんかしたんでしょう。今言葉がついてきたのですが、私は、私の魂はこの言葉を長いこと知っていたような気がします。そしてもっとずっと長いこと待ち望んでいたような気がします。まあその通りそのものずばり書いてあるのですが。

これはまるで、魂の悠久の転生の歴史とその努力に報いる大いなるものからのねぎらいのようにも取れます。

私は数多くの過去世回帰のワークを行なってきています。きっと多くの人がこの体験をしたり知ったりしたら、世界のパラダイムは変わってしまうことでしょう。例えば過去に転生した魂の多くが戦争を体験しています。今地球に来ている人のほとんどは過去の転生では戦争を体験して、殺したり殺されたりしているでしょう。転生を信じなくてもいいのです。それでもあなたの潜在意識の記憶もしくは集合意識から容易に取り出せる記憶として、その体験の五感の記憶は刷り込まれています。

中には大義を掲げたリーダー的な人が出てくることもありますが、多くは下っ端の兵士で、戦争の描写はみんな似通っています。この似通った感じは、多くのセッションを行ったセラピストにしかわからないと思います。それは「気がついたら兵士になっていて、気がついたら戦場にいて、気がついたら死んでいた。」そして「仕方がなかった。逆らえなかった。当時は選ぶという考えすら思いもよらなかった。いいかわるいかも、なにも考えなかった。ただ、なりゆきだった。」

ですから悔いすらないのです。悔いがないということは新たな目標や悔い改めるという考えも出てこない。痛みも苦しみも葛藤もありません。ただ、もや~~~とした、靄のかかったままの心が浮かんでいるような感じです。

こういった過去世の想念の影響は多くの人が無意識に受けている可能性があると推測できます。私の仕事はこのような「想念の影響を浄化する」お手伝いをすることです。この過去世の想念の浄化は時に絶大な効果、成果をもたらすことがあります。

多くの人が自己の価値、また自己の内面の仕組み、動き、今どうなっているのか、また内面でなにをしているのか、ということに気づいていません。ほとんど無意識の中で反射的に何かを感じ、それを元に何かを思い、考え、結論を出して何かを選んでいます。先に述べた兵士は成り行きにただ流され、自己の本質などに気づくはずもないまま権力、要はちからの強いものに道具のように使われ捨てられそれに疑問を持つ間もなく死んでいきます。でも魂はそのような体験からも言葉にならない何かに、高度な人の心に、もっと複雑な動きに、愛に、薄皮を剥ぐように少しずつ肉薄していきます。

その薄皮を一枚剥ぐことに一生をかけて、または幾世もの時をかけて、人が学び確固としてこの世に立ち上げたものが、この憲法97条に言葉として明言されていると、私は感じました。私の涙はそういうところからやってきました。

この記憶はどんな人の中にもあるものです。どんな人も野心と欲得にまみれた現世の利益への願望を少し離れて心を鎮めれば、魂が希求するものを知り、実感することができるようになるでしょう。

今日最後に申し述べたいこと。私が求めているのは皆が同じ意見を持つようになることでも、対極と戦うことでもありません。愛から来る願いに対極はありません。愛は常に中道、中庸でありすべてでありひとつです。私はそれが具現化する世界を求めています。それが平和です。

平和の世を創るには、まず基本的人権の尊重、つまりすべてのいのちが尊く平等である、という地上に互いとすべての人が立つことが条件となります。現在自民党が掲げている憲法改定の法案はこの平和の構築即ち愛に逆行する行為だと考えます。もし改定されれば、この97条も当然果たせなくなるでしょう。一部を変えるだけでは済まなくなります。それは背後にある戦争への野心にまっすぐに向かっています。

いろんな意見があっていい、個の幸せを優先していい、というのはこの人権の尊重、平等の精神の地盤の上にしか存在し得ない見解なのです。誰かが誰かの道具になっていい、誰かが騙されて誰かの利益の踏み台になっていい、というのが戦争国家の在り方です。

私が何よりも危惧するのは、心の準備なしに国民が政府や報道の表面的な情報を受け取ってしまうことです。彼らは巧妙に考えぬかれたやり方で皆さんにアピールしてくることでしょう。そして国民投票となった時、その投票の制度そのものにも抜け穴がいくらでもあるということを知ってほしいのです。皆さんの意志がきちんと正しく反映される可能性はあまり高くないと考えられます。これは少し知りたいと思いさえすれば誰にでも簡単にわかることです。

どうか一人でも多くの心と魂とにこの真実が届けられることを願います。

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