アセンションしたみなさん、できなかったと思っているみなさん、そんなものはなかったと思っているみなさん

アセンション以来、次元の上昇をとても身近に感じているこの頃です。がっかりしたり気が抜けたり戸惑っている方も多いかもしれません。私たちはアセンションというイベントに関係なく、拡大し続ける意識です。この拡大、進歩、進化と呼ばれるような現象は、私たちの3次元という視野から覗き込み「予測」するものとはほとんどの場合ずれています。

どうしたらいいんだろうなにがしたいんだろう、と口になさる方が多くいらっしゃいます。
私たちは3次元社会の中で常に「なにかをしなければならない」と教わってきました。
スピリチュアルとして出回っている教えのほとんどは、なにかをしなさいと教えているかもしれません。
ワクワクすることをしなさい。今この瞬間に実現しなさい。など。
それを3D社会の規範に当てはめて考えてしまうと、自分はまるで自己実現予備軍にいるように感じませんか。

スピリチュアルとは、私たちの存在そのものについて教えています。
それを知ることなしに人生を生きようとすると、私たちは一生なにかを探し回っては手に入れ、失うことを繰り返して終わってしまいます。
スピリチュアルを学ぶということは、そんなことはしなくていいと気づくことです。
どの瞬間もそのように気づき目覚め続けることで私たちはそういった獲得と喪失のゲームというストーリーから解放され、あるがままという悠久の意識を生きることができるようになります。今この瞬間に実現すべきこと、あるいは実現可能なこと、というのはことことだけです。

そのとき、私たちは愛といったいであることができます。

私たちはもちろん生きるためにいろいろなことをしなければなりません。それはあくまで浮世の義務であって、生きる目的ではありません。仕事も自己実現と一般に呼ばれているものもそうです。でもその欲求から離れるのは難しいことです。私たちには常にかきたてられる欲求があり、その欲求こそがエネルギーであり、自らの生命力であると認識されています。その認識は本能つまり肉体意識に付随するものです。

ですが、スピリチュアルの教えでは、人間という存在はそれではない、と言います。もちろんです。そうであれば私たちは本能のままに生きればいいですし、欲求のより旺盛な人が他者を踏み台にして社会を構築していけばいいのです。

これを読むと今までの既存の社会はそうだと感じられませんか。そうです。3D社会は本能が旺盛な人が成功するようにできていました。それで、そうでないなにかを感じ求めている人は「生きにくさ」を感じさせられてきました。

愛を愛する人たちは、自己を攻撃し自己を罰し苦しむところから解放されていかなくてはなりません。自分を愛することを始めなくてはなりません。自己実現が社会でうまくいっているから自分を愛するのではなくただ、自分の内側に立ち戻って自分の内側の光の当たっていないところに光を当てるだけでいいのです。それが自分と向き合うことであり、自分を愛することであり、今、この瞬間に実現すべきことです。そこからすべては始まります。世界を変えるすべてが。

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