このひとつきのまとめとご報告、そして御礼

知念に越してきて早一ヶ月が過ぎました。
オープンから皆さんに足をお運びいただき、この地この空間をご一緒に味わいご自身のことのように喜んでくださるおひとりおひとりの優しさあたたかさに、満たされ幸せをいただいています。
本当にありがとうございます。

先日は、手作りの看板がようやくできあがり、玄関前にぶらさげることができました。小さいですが、RUACHを目指していらしていただけた方には目印になると思います。白地にこげ茶の文字です。

それと国道331から具志堅コミュニティーセンター(公民館)の角をあがっていただくと正面奥に建物がありますが、この曲がり角に小さい、沖縄でよく見かける道案内の看板を置かせていただきました。
こちらはこげ茶の地に白い文字です。

どうやら場所はわかりやすいとおっしゃってくださる方が多いです。
ナビで一発です、ともおっしゃっていただきます。

海は恐らく南部でもっとも美しい領域ではないかと、改めて感じています。
百名を過ぎて知念に入るあたりからリーフがぐっと広がります。
このリーフのおかげで、やまとんちゅには理解しがたい(笑)あの宝石のような水色が、なぜか生まれます。

それからこの家は前後を巨大ながじゅまるにはさまれています。
糸満、豊見城に住んでいたときには、お目にかかれなかったスケールです。
糸満は激戦地で焼け野原となったため、植物はみんな戦後生まれだからだろうと推測しています。
このあたりの山深い感じは恐らくもっと前から生きているかたたちの醸すオーラなのだろうと思います。

私たち夫婦は南部、特に南城市がとても好きでしたが、ここは多分私たちにとって最高の場所です。
でももちろん住んでからでないとあらゆることはわかりませんでした。
少したってから、私たちはとんでもない贈り物を授かったのかもしれないと、驚きました。

ここを選んだ理由というのは、ほとんど施術とセッション、つまりRUACHとそこにいらしてくださる方々にフォーカスしていて、私たちとお客さまの「場」としてという一点からあらゆる検証をしてとてもこわごわというか、慎重に、びびりつつ(笑)選びました。

ただ、その場として見たとき、そこには信じられないほどいろいろなものがそろっていました。
まるでこの建物の売り出しを私のセンサーが感知して場探しを始めたようなタイミングでした。

ですから、とてもいろいろと考え動いたわりに結論までは一瞬の出来事でした。
振り返ればものすごい集中力だったな、という風です。
なにしろこのアイディアが実現するのは数年先のことだと二人とも思っていたのです。
考え抜いたあげく、既存の物件で私たちのニーズを満たす器は存在しないだろうから、数年かけてそれを検証し考え抜かなくてはならないだろう、と腹をくくっていた矢先の出会いがしらのような感じでした。

でもその出会いがしらに私たちが手に取ったのはとにかくRUACHの場であって、私たちのプライベートの部分はあまりというかほとんど、気にかけませんでした。
これまでの豊崎のマンションは最新の機能がそろっていてどこもかしこもとても快適でしたので、「それよりは落ちるだろうけど(20世紀最後の建物なので)そのあたりはもう、なんとでも受け入れます」というような覚悟でした。

実際水周りは少し前の佇まいですし、ウォシュレット事情とか、洗面台事情とか、シャワーヘッド事情とか、流し台の風貌とか・・おまけにガスレンジはとレンジフードが巨大な業務用となっていて、ままごと程度が分相応な私にとっては荷が重い感じがしましたし、お掃除もこまめにちょこちょこが不可能な五徳の重たさ、炎の輪の大きさったらうちの鍋から全部はみ出してしまうほどで、仲良くやっていくには工夫と慣れを要求されているように見えました。
お風呂が灯油のボイラーというのも生まれて初めての体験です。

けれどそれらは本当に慣れで、今では感謝することばかりです。
これらはすべて、全体のスケールの大きさのため小ぢんまりと見えていましたが実際に使ってみるとすべては大きく、ゆったりとしていて、おおらかに私たちを受け入れてくれます。
実際おふろの池(湯船)はとても小さそうに見えていたのですが、入ってみたら前より大きかった、と、今では笑話しです。
暮らしていてあらゆるところに感謝が生まれます。
すべての窓からの風景は絵のように美しくすべての部屋から見えるそれぞれの海は違った表情を伝えてくれます。
設計された方に何度心の中でお礼を言ったかわかりません。

こんな発見もありました。
お部屋のすべての壁はコンクリートの打ち放しで、それはとても好ましくはあったのですが、引っ越してからあの金色のアミアミオーラがよく見えない数日というのがありました。
豊崎では壁がすべて白だったので、いったんアミアミが見えるようになると、世界は金色に輝く日々でした。
網目は白地によく映えたのです。
瞑想のときもセッションのときも、家事の手をふと休め内なる神を思う瞬間にはいつでも、あのう金色の網目は神を身近に感じさせてくれる何よりのしるしであり、自分自身が神の御心の中で生きていることをそのまま表してくれている光でした。

それで、コンクリートのグレーに光がどのように映るのかというは、私にとっては結構重要なポイントでもありました。
(もちろんそれはただそこにあるものであって、見える見えないは重要ではないのですが)

アミアミは数日のうちにはっきりと見えるようになりました。
セッションルームでは以前にも増して、光が炸裂するように(いえ、本当に)見えます。
特にセッション中は、前に増して見えます。

引越しというとても物理次元に注意を払わなければならない作業に当たって、また生物にとって居住空間や地域が変わるというある意味ショッキングで危機的(と動物なら感じるでしょう)な状況にあることで、意識は外に向かうんだな、ということを身をもって体験しました。

お客さまは口々に落ち着きますね~と言ってくださるし、私がそうであるようになんとなくゆるやかに、過ごしてくださっているのを感じます。
高速出口からの時間は、少し長くなりましたが、でも知念はイメージほど遠くはありません。
豊崎からは真東に直線移動したところですし、道がすいているのでノンストップで、景色を楽しんでまたたっぷりのプラーナを吸収しながら、いらしていただければいいなと願っています。

また先週のお休みはあまりにいいお天気だったので、お部屋のかたづけをいったん置いておいて、近くの城探索に行きました。
志喜屋城と、知念城です。
志喜屋のほうはうっそうとした藪のようなところなので冒険好きの方向きですが、知念大川(聖所です)と繋がっている知念城跡は、なんどもでお散歩したくなるような美しく丹精な森の庭園のようなところです。
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ここは以前にも来たことがありましたが、あまりにたくさんの城やら御嶽に参ったためどれがそれかわからなくなっていました。
けれど再びここに来たとき様々な記憶が蘇り、間違いなくここに引き寄せられてやってきた、と実感しました。

志喜屋城を裏手へ抜けると、そこは山に囲まれた谷合の美しい畑です。
フェイスブックには書きましたが、そのクレソンの畑に見とれていると持ち主のお父さんがやってきて、大きな花束のようなクレソンをくださいました。
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クレソンの花束を持って散策を続ける私をだんなさんは何度も振り返って「まぼろしみたい」と言いました。

この世は魂が神に見せられているまぼろしですが、そのまぼろしを自分で選びかたちづくることができる自由を私たちは与えられています。
この宇宙の仕組みを学び、理解し、取り組むために、私たちは地球の裏側に行ってインディアンに会う必要はありません。(あるお客さまの言葉です)

ただ、今あるここ、ここ(ハート)から、こつこつ掘るだけでいいのです。
人間という生き物は本当に神の子なのだと、そのことを見せてもらう日々に、心からの感謝を感じるこの頃です。
皆さんにも祝福が届けられますように。

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