内面を感じることで内なる愛とひとつになる具体的な方法

人間にはどの瞬間にも、感じている感覚があります。

例えば朝起きてから家事をしていてふと、「なんだか嫌な感じがする。ああ、なんだかもう逃げ出たい気分だな」と感じたとします。そこで次に、よし、この感覚をもっとじっくり感じてみよう、と思う人は少ないのではないでしょうか。

「こんなのは気のせい」と、なかったことにするとか「こんなこと思うのは良くないからやめよう」と、否定してみるとか「どうしてこんなこと感じるのかしら。きっと○○なことがあったからだ」と、理由を想定して納得しようとするとか、だいたいこんな対処を無意識的、反射的に行うことが多いのではと思います。

今はやりのスピリチュアル風に、「こういう感覚を持っているとこういう出来事を引き寄せちゃうからやめよう」というのも無視、否定の部類に入りますし、「この感覚の意味はなに?メッセージはなに?」と頭で考えるのは理由探しの部類です。

つまりどれもこのフィーリングを感じること、また受け入れることはしていません。その前に抑圧したり拒絶したりしています。これは手放していることとはもちろん違います。

どうして人間はそんなことをするかというと、その奥に「恐れ」があります。

「こんなこと感じたらいけない。」なぜなら、「仕事がはかどらないから」「良くない人間になる」「堕落する」「弱い人間になる」また「こんなこと感じるなんて自分はだめな人間だ。○○のせいでこうなってしまった」など言い分は様々ですが、その奥に共通してあるのは恐れです。

でもこれを繰り返していると、人間は実は成長しません。一見仕事をきちんとこなし、理性的で忍耐強く生産的に生きているように見えたとしてもです。一方内面では解放できない、自由がない、つまらない、苦しい、がまん、という感覚が少しずつ堆積していきます。積み重なる自己否定という心の行為のためです。自分の内側に感じる感覚(それがなんであれ)を無視、否定、理屈に当てはめることで処理しているからです。

では自己成長し、人生が前進し、内面に解放、自由、安らぎがあって自己をあるがままに受け入れることができているようになるにはどうすればいいでしょうか。

話を最初に戻します。朝起きてから家事をしていてふと、「なんだか嫌な感じがする。ああ、なんだかもう逃げ出たい気分だな」と感じたとします。そこで、そう感じている自分の内面に少しの間留まり意識します。それから「そうなんだ、私今、こんな風に感じている。こんなフィーリングが内面にあるんだ。そしてそれが出てきているんだ」と認めます。さて、ここまでできたら自由まであと一歩です。

最初のうちはそういう感覚が自分のものだということを認めたくないかもしれません。そうすると今度は「抵抗」という感覚が出てくるかもしれません。そういう場合はまだまだ内面に「私はこうあるべき」「私はこうありたい」という願望(幻想)が詰まっていて、実際の自分像とのギャップが大きいということがわかります。その場合はぜひワークしてください。⇒「ニュー・アース」「マインド・トレーニング」「ザ・ワーク」などの本でのワーク、またヒプノセラピーのインナーチャイルドワークもおすすめです。

もしくは、その抵抗そのものをじっくり感じてみるのもいいです。さらにいやーな感じがするかもしれません。でも感じきってみるとそれが終わるのがわかります。そして、「ああこんなに抵抗がある(あった)んだ」と認めることができたらまた一つ内面がクリアになります。

もしかしたらその抵抗を感じようとするともっと大きな恐怖が出てくるかもしれません。これは、真実を見ることに対する恐れとそれを体験することで自分(エゴ)が崩壊するかもしれないという恐れです。この恐れに行き着くことができたらすばらしいことです。心のあらゆる動きの奥には恐れが横たわっています。さらに恐れを解体すると、世界は愛だけになります。

しかしこの恐れがとても強い場合にはやはり誰かと一緒にワークすることをお勧めします。セラピストなどの体験と訓練を積んだ誰かです。このような恐れをリアルに感じるということは、変化することをリアルに捉える準備ができていることでもあります。愛の世界まであと一皮むくところにその人はいるはずです。

認めることに抵抗がなければ処理はずっと簡単になります。高次元の意識(神、光、愛、天使、マスター、宇宙意識、レイキをしている人はレイキ・・・・・)に手渡し委ねます。「この感覚を私は手放します。手放すのを手伝ってください」と願えばいいのです。

ですが、この委ねるということこそが実はなかなか難しいところです。私たちは慣れ親しんだ感覚のほうが、高次元という本当は一番大きく無敵なパワーよりもリアルに思えてしまうからです。ですからその感覚が手におえないほど手ごわく思えてしまい、感じることがこわいのです。本当の解決法は瞑想ですが、的確に最短で、と思われる場合はやはり訓練を積んだ誰かと一緒に行うワークが望ましいと思います。取り組む際にレイキがあるとものすごく進みが促されますし、いずれにしても何らかのセラピーを取り入れることはお遍路で言う同行二人のようなもので、間違いがありません。

さて、こんな一見面倒でぱっとしない行為でも、実際に行ってみるとその体験の中に多くの気づきがあるはずです。この気づきというものこそが私たちを本質的に成長させるものです。この気づきというのは「感じる」という方向に向かうことでしか得られないものです。

ブロックをとる、などとエネルギーワークでは簡単に言いますが、私たちは本当に些細なフィーリングさえ通常まともに向き合うことが難しいのです。向き合わずに避けているもの――無視したり否定したり理由付けして納得しているものが恐れというブロックとなります。

この恐れというブロックが取れていくと、私たちは愛という大海とひとつになっていきます。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です