平和創造のための覚え書き

こういうことを書くのはとても気力が要るのだけど、少し自分の考えを整理しておこう。

私は人類が戦争というものを卒業できる時を夢見ている。
人間は動物であると同時に、意識という本質、内なる神を内包する存在だからだ。
動物は罪悪感なしに他者を奪うが、人間には善なる意識があり、エゴに対して罪悪感を持つようにできている。
無視したとしても、潜在意識には記憶されて、いつの時にか向き合う機が来る。
それは私たちが、創造する意識を持つ神の申し子だからだ。

911のしばらくあと、私はNYに何度かお邪魔した。
とても楽しませてもらってNYという街が大好きになった。
そのすぐ後、タレントプロダクションを移籍するとそこに、国際政治学者の中丸薫さんという方が在籍していた。
本屋さんをうろついていると、中丸さんの本が並んでいてぱらぱらと読んでみたら驚くべきことが書いてあった。
911のテロはアメリカの捏造だというお話とその根拠などだった。

事実はわからないけれどその見解には真実味を感じる部分が多かった。
そういう見方をすると、子供のころからの謎までもが解けていったりもした。
そのころには私はスピリチュアルを探求し徹底的に実践し、実験と考察も重ねていたが、片付かない部分も多くあった。
世界はまだまだあまりに混沌として見えたし、ばらばらにいろいろなことが起こっているように見えた。
けれどそのころから、そこにある謎解きのラインのようなものが浮上して見えたのだ。
とても人為的に、明確な意図を持ってそれらはとり行われているようだった。

それから数年を経て311が起こった時、もちろん自然災害とテロを結びつけて考えたりはしなかった。
しかし数日が経って原発の事故が発覚し、テレビと新聞を見ない私は、ただ真実を知りたいがためにネットに釘付けになって情報を見た。
そこで見たものは、正しく守られなければならないと子供のころから教えられてきた事実とはまったく違う社会の動きそのものだった。
つまり、基本的人権の尊重だとか、すべての命は平等あるとか、平和な国家とか、そのために選んだり行ったりしなければならない方向へは、現実はどうしても向いていないという事実だ。

どういう意図でそれは選ばれずに別のなにかが選ばれ、採用されるのだろうと不可解だった。
けれど選ばれている事実を受け入れてみると、それらは明確に方向を指し示している。

スピリチュアルのワークと同じ。
事実に抵抗せず、それを受け入れてみる。
するとそれはありのままの姿を見せてくれる。

つまり、社会というのは私が悩んでいたほどに複雑な怪物ではない。
ただそうしたくてそうしているだけだ。
そうありたくてありたい姿を実現しているだけだ。
そうする権利を得た人、つまりお金というエネルギーを動かせて、決定する実権を握っている人が。

ものごとが複雑に見える理由はただひとつ。
私たちは操縦室の見えない船に乗り、操縦士が使っている地図を持たない。
そして行く先はあっちと教えられ、そのためにせっせと働けと言われている。
「船を動かすのはお前たちだ。この船はお前たちのものなんだから」と言われて、石炭を炉にくべ続ける。
けれど船は目的地のはずの方向へは進まない。
文句を言う。
なんだかんだと目を逸らされて言いくるめられて、船の動向にはまったく影響しない。
世界とは、社会とは、これくらい複雑なものなのだろう、それを動かすのは大変なのだろう、そうそう思う通りには動くまいと納得する。
あるいは納得せずに操縦士がばかだから船の動向が立ち行かないのだと文句言い続ける人もいる。
でもばかと言われようが彼らは実際は痛くもかゆくもない。
だって、石炭はくべられ、船は思うところへと進むことができるのだから。

つまり、最初から私たちが告げられた目的地へなど向かってなどいないと考えると、ものごとはとてもはっきりすっきりと見えるのだ。

残念ながら、私たちはこの肉体を持っている限り、この船を降りることができない。
しかし、瞑想をし、内なる神と一つになるならば別だ。
たとえ完全に降りることができなくても、この船を外から見たり、あるいは宇宙という境地から眺めることが可能だ。

船の上からこの船の操縦席は見えないが、外から、宇宙から眺めると、それは見える。
なにを目的として、どこへ行こうとしているのかが。

私たちは気づいた者から、乗組員に伝える。
それもただの見た目や予測ではなく、内なる宇宙を通して観た真実を。
それから真実に気づいた仲間と、本当の目的地を確認し、そして、力を合わせてこの船に、新たなエンジンと操縦桿を創る。

古い操縦室を奪いかえしたり、のっとったりするのではない。
そんな必要はないのだ。
この船は一部の者の船ではない。
乗り合わせたすべてのための母艦だ。
だからそう思う人たちでそういう母艦を作り直す。
古い操縦室の乗組員だって、気づいて改めればすぐに参加できるのだ。

私は、戦争は古い価値観でしか自分を満たせないと信じている人たちのばか騒ぎだと思っている。
原発は戦争の一部だ。
資源と武器と武装を持たない日本が核にしがみつくためのわるあがきだ。
国家のお金はそれらを維持するためには使われるが、一人一人の幸せのためには使われない。
でも、だから、新しいエンジン、新しい操縦桿をみんなで考えるのだ。

今のうちに日本が準備しなくてはならないもの、それはエネルギー。
石油と核に頼らなくても永久的に使えるものがいい。
それらを船に乗り合わせたみんなで分け合って使う。
それから食糧。
肉食を減らせば、世界中の人々の食べ物はまかなえる。
心身の健康のためにみんなでそれを減らして、代わりに野菜と穀物を作る。
その準備を始めるのは今だ。

本当は世界中で分け合えるほうがいいけれど、まずは日本がお手本になればいい。
日本が強くなることを望んでる人も、そう思うなら必要なのはエネルギーなんだよ。
エネルギーで自立するんだ。

それから今のお金の流れは良くない。
大手にどんどん流れる。
一部にばかり、お金のあるところにばかり流れると、その元締めは操縦室にこもって好きなようにしてしまう。
よく見えるところでお金を使おう。
確かに大きな資本は安くものやサービスを提供してくれる。
私も貧乏だったからなんでも一番安いものを選んで生きてきてしまった。
そのころは自分が食うや食わずだったから。
でももし、少しでもなにかできることを探しているのなら、応援というのは誰から何を買うか、ということでもできる。
(食べて応援というのが流行っているが、あれは東電と政府の責任を消費者へ転嫁していると思う。)
あと銀行の預金も、自分なんかわずかばかりだからと思わずに、預けたお金が何にどう使われているか考えよう。
できるだけ信頼できるところを探して選ぶ。

そして、意識を育てる。
子供たちを守りたいなら、ただ安全を与えようとしてもだめだ。
考える力、選ぶ力、そして希望を持つ力、勇気を出す力、あきらめない根気、優しさ、思いやり、想像力、そういう、神から人間に特別に与えられたものを育ててあげなくてはいけない。
そのためには自分がそれを努力して身につけなければ。

こんなこと、小学生だってわかるし言える。
私の子供のころからの謎はこのことだった。
どうして子供にだってわかることが、大人はいつまでたってもできないんだろう、と。
その謎がやっと解けてきた。
混乱にはわけがあったのだ。

平和を創る、平和を守ることは、言葉ほど簡単ではない。
人がどんな理由にせよ、利己主義に傾けば平和は遠ざかる。
それはもっとも成熟した人間にしかできない、高度な創造だ。
進化、アセンション、なんでもいい。
私たちはとうとう、平和を創る時代の幕開けに来たのだ。
もし既存のものや世界や社会に絶望したならそれは取り組み時だ。

気づいた人から、心で伝えよう。
それから一つ一つ始めるのだ。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です