核・後編

(前編の続き)
平和な日本では、自分たちが他の国から武力攻撃を受けるなどとは想像に難く
まして途方もなく大勢が亡くなった自然災害をおちょくるような
おたくのたわごとのようなこの話題に怒りを感じる人がいるのも無理はない気がします。
けれど世界は軍事に国費の多くを投入し武器ビジネスで蓄財し
実際に世界中でいまだ戦争の鐘が鳴り止んだ瞬間はありません。
今この瞬間にも兵士は傷つき市民や子供はいのちを落としています。
日本はこの戦線に無関係ではいられないのです。
少なくても国家として核を持ち、
他の国に提供しようとしたり核の捨て場として引き受けたりして取引をしています。
馴染み深い国アメリカは、私たちとの戦後の60余年の間にも絶え間なく戦争しています。
アメリカに戦後はありません。
地震兵器は、アメリカでは当たり前のもののようです。
古く第2次世界大戦のときには
原爆を使うか、地震兵器にするか、などと検討された記録が存在し
現在のペンタゴンのHPにも地震兵器についての記載があります。
他にも調べる気になれば、国家機密でもなんでもなく
しろうとさんにも文献を見ることができることがわかります。
日本の深海探査船ちきゅう号のドキュメンタリー映像はで日本人の男性がごく普通に
「これは・・人工地震の振動を測定しています・・」という風に説明されています。
なぜ地震兵器、人工地震の話題があるところには
大勢がよってたかって不謹慎だ、おかしなことを言うな!というような
根拠のない感情的な否定のコメントが多発しているのかも不思議です。
あると言う人のほうはだいたいデータをこまめに提示して解説しているのですが。
今回の震災でもこのHAARPが使われたのだと考える方の記事を見ると
その地震を起こす仕組みである特殊な電磁波の測定のデータなどが
こと細かく示されています。
私自身は相当この世のことには疑い深いたちのようでまだ確信に至っていませんが
少なくとも、こういうものが存在し
世界では活用されているんだなということだけは納得しましたし
また、国家間というところでは
こんなにも世間一般の常識(狭い日本の、ですが)からかけ離れたことが実際にやり取りされ
起こりうるのだということを肝に銘じる必要を感じます。
ドイツでユダヤ人が突然狩られたり
日本である日赤狩りが行われたのは
戦中だからであり、今は起こりえないというわけではありません。
戦後なのは日本が今、たまたまそうなのであって
アメリカは今も戦後ではないし他の国も今が戦中の国はたくさんあるのだということを
日本人は思い出さなくてならないと思います。
原発、核の危険さをみんなが思い出すだけでは
どうもまだ事態は好転しないだけでなく
仕掛けられた時限爆弾は時間を刻み続けているように見えます。
私たちは、世界が日本に対してどう働きかけているのかも
日本がどう働きかけているのかもほどんど何も知りません。
大本営の言い分を鵜呑みにして信じていれば
私たちは家畜のように十羽一からげのいのちとして扱われてしまいますし
かといって政治家お役人は信じられん、うそつきだと怒っていても
それに気をとられているうちに私たちがどこへ向かおうとしているのかを
見逃してしまいそうです。
地震と津波の恐怖、大勢が亡くなるショック、それ自体が陰謀かもしれないという疑惑、
経済の行く末、放射能の処理や未来にわたる影響、
すべてが不確実で未曾有で恐ろしく感じられるかもしれません。
でも、本当は、起こっていることはひとつしかありません。
ただ多くが隠れているのでそのひとつの出来事が見えてこないだけです。
ですから私たちは必要以上に揺れてしまい気をとられています。
ひとつわかったことがあります。
原発が止まるかどうかが日本の今後の行く末に関して大きな鍵であることは
ますます確定してきました。
それは、戦争に加担するかどうかということを含んでおり
恒久的な平和への道を歩むか、再び餓鬼畜生と修羅の境地を生き直すかという選択です。
日本国民は原発推進と反対などに分かれている時ではなく
また分かれていることに意味はありません。
原発推進派も脱派・反対派もともにごまかされていることに違いはありません。
そこにはどちらにも勝ちはありません。
私は他にもいろいろな可能性を考えてみました。
最初は、世界が原発にノーと言えば日本政府だけしがみつくはずはないと思いましたが
それはお人よしな考えでした。
つまり原発が良くないことに気づけばみんながやめるんだ、という考えが幻想なのです。
何度も言いますが、国家は国民にとってリスクがある、危険で良くないものだということを
百も承知でやっているということです。
つまりそれ以上のリターンがどこか私たちの知らないところにあると考えるのが自然です。
もしくは日本国家がそれ以上に強い権力によって強制されているかもしれません。
日本はアメリカの核のごみを引き受ける約束をしているので
他の国がやめたと言えば日本はよその国の分まで引き受けなくてはならなくなり
ますます日本が手をひくなんてことは許されなくなるという説を読み納得しました。
今政府が向かっているのはその方向に見えます。
何が何でも手放さない、手放せない意志が見えます。
核やオイル、世界のお金を握って支配している権力は
世界の人口を大幅に減らそうとしていると言われていて
日本がその権力に支配されていて言うなりなのだとすれば
それも現在の日本政府の動きの不可解さのなぞを解きます。
日本政府が日本の人口を積極的に減らそうとしているとは考えにくいですが
減ったところでかまわないという態度がよくよく見られます。
こんなことは心ある人の辞書にない発想なのでなかなか理解できません。
いったいなにやってるんだ、信じられない、と感じてしまうところです。
放射能の被爆基準値を尋常でないほど緩めたり
非難させるべきときにさせなかったり
学校や子供への被爆をむしろ奨励しているのかと見えるほど
危険にさらしています。
そして放射能の被害の可能性を隠しています。
いったい何がしたいの?と何度も問いかけてみましたが
避難させるとお金もかかるしめんどくさい、という答えくらいしかみつからず
そうだとすると、まるでばかな判断なんです。
でも彼らがばかじゃないとするならば
それを狙ってやっている。
人口を減らすことは特に避けるべきことではない、ということになります。
文部科学省に福島の人たちが
子供たちの被爆の基準値を変えた経緯について抗議している映像を見ました。
抗議する側はとても怒っていて
「どうしてそんなことするんですか?」
「どうしていけないことだとわからないんですか?」と訴えていましたが
受け答えする側はとても冷静に心を閉じて答えていました。
怒れば怒るほど彼らはぴったりと心を閉じているので
福島の人の痛みや怒りの奥にある全体への思いやりや善意などなにも感じないでしょう。
「あんたたち心が痛まないの?そんな非道なことをして、恥ずかしくないの?」と
福島の人は本当は訴えているのですが
役人さんたちは迷いなく彼らの言葉に耳を傾けませんでした。
一分も心を開きませんでした。
あんなにもかたくなに、普通に正しい心ある意見を拒絶できるというのは
よほどの決意や洗脳なしにできるもではないと感じました。
私は、そうこうしている間に日本という国がのっとられてしまうことはないだろうか、
とも考えました。
日本国民であることで守られる権利がすべて剥奪されてしまえば
今のいろいろなことも無に帰すことになります。
前提を失うことになります。
国民を奴隷のように売り渡し国を明け渡して
政府はあまくだりのようにもらうものをもらって身の安全を守るシナリオはないだろうか?
そのためには極力ことを荒立てず国民の危機感を鈍らせ
安全神話にくるまれて安らかにさせておくのが得策なのではないか。
もしくはその逆で、国外からの勢力が放射能の危機を大げさに伝えてパニックを煽り
判断力を鈍らせておいてその間に圧力をかけて国家間の取引を遂行する可能性はどうだろう。
政府は実はそのことを想定していて
あえて安全という風評を流し本当のパニックを抑えているとか?・・・
またのっとるのが表立った国家でなく裏の権力であるのならば
国が奪われていることすら国民が気づかないことも有り得
実際に過去からこれに近い搾取などは行われてきたのではという考えにも至りました。
こうなってくるとどちらの方向にプッシュすることも
間違いを伴う可能性が出てきます。
真の意味の中立が必要になってきます。
中立は、決して「動かない」ことでも
「参加しない」ことでも
「スルーする」ことでもありません。
二局の双方をあるがままに見る態度のことを言っています。
この局面で、情報隠蔽や言論統制が挟まってきていて
そうあることはますます困難を極めると思います。
だからこそ、その姿勢は絶対に必要なのだと改めて思うのです。
後悔しない生き方のため、
愛と平和を具現するため、
魂の前進から逃れない生き方のため、
そのために賢明な選択をするために。
暗いお話のように感じられるかもしれませんが
私はまったく暗い気持ちでこれを書いてはいません。
私はこうやって、前進のために水かきで漕いでいます。
より明るいところへたどり着くために。
様々な不要な可能性を消去して
みんなのより良い未来が創造できればいいなと思います。
すでに起こったことを受け入れるのは創造の基礎です。
ここにあがった可能性などというものは
人間がすでに起こしてしまったことの結果なのだと思っています。
気づき、受け入れ、学びが終わったことは
調和的に消滅していきます。
面と向かわずに無視したり先延ばしにしたことは
より大きな課題へとふくらんで再度浮上します。
逃げないことは人生を豊かにします。
勇気とトモダチになりましょう。

核・前編

愛と平和を指針とする人たちは
すべての人の心に神が存在し
すべてのいのちは尊いのだという事実を漠然とだとしても受け入れています。
ですから例えば今、原発という問題が浮上してきたとき
これはすべてのいのちの権利である尊厳を守れないものだと察知して
廃止しましょう、という意見を持つというところへたどり着きます。
未来を含めてのすべてのいのちという観点から観たとき
原発はどうしてもフェアでありえないことがわかります。
そして、たとえ目先は困難に見えても
人権と尊厳を守る上で、より良いものをみつけて
それを具現化する努力を惜しまないと考えます。
そのほうが己の魂に恥じない正しい道であり
すべてのいのちに対して尊重できる姿勢であると知っているからです。
それに対して、地上の欲望の対象を得ることこそが
人間の生きる目的だと考える人も大勢いるはずです。
もちろん、愛と平和が大切だと考える人の心の中にも
欲望というものがあり、自分や自分の大切な人を守りたいという思いはあります。
国家が、家族のように愛によって結ばれるものだとするなら
その代表である政府・政治家は、国のお父さんとして
時に自己犠牲を飲み込んでも国民を守ろうとするのが自然です。
今回の震災で、南相馬の市長さんはじめ、町や村にそういう方がたくさんいらして
ご自身やそのご家族が犠牲になりながらも
市民の救済を優先して働き続けた方々の姿に心打たれました。
本当に多くの方々が、極限の状況に立たされながらも
他者のいのちを救うことをとっさに優先なさったという現実を知りました。
そうしてたくさんの方がご自身のいのちをその行動に捧げられました。
日本という国家を代表する政治家の中に
そのような魂の姿が見えないのはいったいどういうことなのでしょう。
彼らは何を目標とし、指針としているのでしょうか。
日本という国家の存続を、国家の平和と国民の幸福を、彼らは望んでいるのでしょうか。
その根本が私にはわかりません。
国家にとって経済は大切です。
私はわりと現実をみますし
みんながご飯を食べられないのに愛さえあれば平和だなんてちっとも思いません。
人間は愛を学び創造するためにも生きなくてはならないのです。
そのためにはふさわしい環境というものが必要です。
その環境を作り分け合うために人間は責任を負わなくてはなりません。
ですから精神論でなく、国家を率いる政治が目指しているところを見たいのです。
彼らは日本をどうしようとしているのでしょうか。
もしくはどうしようとも思っていないのでしょうか。
そういう観点から彼らの目指すところを観ようとして
この一月半あまり、情報収集と勉強と観察と考察を重ねてきて
いよいよこれは、国民と国家の意志は
とんでもなくかけ離れているぞということが見えてきました。
私は最初、国民の半数が脱原発という平和への道を選ぶなら
ことは動くだろうと考えました。
いくら利権と強欲にまみれた権力者でも
過半数という勢力には勝てないだろうと思っていました。
最初に原発事故に対する隠蔽がありました。
事故だけど、全然小さい、危なくない、と言いました。
放射能がいっぱい出たことは黙っていました。
その間みんな被爆しましたが
これくらいならただちに死んだりしないので黙って済ませました。
テレビで名のある人たちが言い続けて時間を稼ぎました。
ネットでは事故の次の瞬間から
原発を良く知る、善意と良心ある人たちは事故を検証し、真実を追究していました。
テレビでは、彼らのことを「反原発イデオロギーのヒステリー」と呼び侮蔑していましたが
結果はネットで訴えていた彼らの言ったことがほぼすべて事実であり真実でした。
政府は「隠してました。嘘でした」と白状し、大手のニュースもそう伝えました。
すると今度は、事故が小さいのは嘘で、放射能はいっぱい出てるけど
放射能は危なくない、と急に言い出しました。
だから、浴びても大丈夫、と。
事故の前に限度だと言っていた量の20倍浴びても大丈夫ということにしました。
子供たちは甲状腺がんになりやすいかもしれないけどこの際でも浴びていいです。
がんは先のことですから。
放射能入りの野菜も、みんな食べますから食べてください。
売ってもいいです。
現場の作業員は、いくら浴びてもいいことにしようかと思います。
がんになるかもしれませんが、ただちにでないならいいでしょう、関係ないです。
誰でもほっといてもがんになるからいいんです。
それで、ついでだから言いますけど
原発はもっと動かそうと思います。
津波が来てもいいように防波堤作るのに税金使います。
東北の復興には増税しますけど、ちゃんと払ってくださいね。
今止めている、日本で一番地震に弱くて地震が来る可能性の高い場所にあるやつ
動かす準備始めます。
他の電力はお金かかりますよ。もっと増税しますよ。電気料金上げますよ。
いやでしょ、だから原発増やしますよ、これからも。
福島は失敗してしまいました。
それは謝りますけど、反省はしてません。基準を変えます。
みんながんばって働いて税金もっと払ってください。かんばりましょう。
こうまでして日本国民に対してあえて不利益に導き
押し付ける態度の真意はなんなのでしょう。
純粋に疑問です。
このような不利益を平然と突きつけられているのだから、心ある人は怒るでしょう。
なんてこと言うんだ、お前はあほか、となるでしょう。
でも、おかしくないですか?
国家のトップに立っている人です。
子供のころから、頭が良かったはずです。
ずっとトップに立ってきた人たちです。
そしてよほどのことがないと這い上がれない地位についてる実力者なんです、彼らは。
いくら弱者になったことがないからといっても
ただばかで、わからなくてやっていることとは思えません。
彼らが国民に見せている姿は、中学生にもばかにされますよ。
中学生にもばかだとばれるような行為です。
でも彼らは本当は絶対にそんなばかではないと思うんです。
心が汚れているか、とか、魂が死んでいるか、と言えば
そうかもしれませんが
頭はいいし、今もものすごく頭を使っているはずです。
だから、彼らは多分、心ある国民にばかだと思われてもいいんだと私、思うんです。
そんなのわかってやっているんだと思うと、いろんなことが見えてきます。
つまり心ある人が目指している「良きこと」と
彼らの望んでいる「良きこと」は
まったくもってかみ合っていないのだということです。
心ある人は、彼らにとっての良きことがなされることを目指しているので
それができない政府はばかなんだと思います。
でも、政府は全然違うことを目論んで、それを意志を持って実行しているので
彼らはちゃんとうまくやっているんだと、私は思うに至りました。
つまり心ある国民は、政府を善意に解釈し、無能だと勘違いしており
政府は国民に愚行に見せかけて
しっかりと彼らにとっての実利を得ているのではないか、と私は推測しました。
そうでないことにはあまりにすべてがお粗末、茶番すぎます。
突っ込ませすぎなのです。
ここまでもこれからも全部私の推論です。
しかもにわか社会派みたいな不勉強な私ですので
踏まえたうえでお付き合いいただければさいわいです。
原発の問題は、日本国内にあかりをともしてくれる電力の問題ではありません。
これは、核保有の問題であり、世界の問題です。
核をどれだけ保有しているのかは、世界各国の強さを表し
お金を表しています。
政府は国民の安全、幸福、生活の保証というあらゆる利益をリスクにさらし
また評価を落としてまで、原発にしがみついていて原発を死守しています。
どう見ても不自然です。
世界には実際に自然エネルギーに移行し成功している国があります。
その国で使っている技術や道具は日本のものだそうです。
孫正義さんが提案したエネルギー政策案はすばらしいものですが
アイディアだけでしたら心の汚れていない中学生が考え出すことができそうな
至極まっとうな案だと思うのです。
つまり多くの人が望むような、支持されやすいアイディアだということです。
心ある人はだれだって喜んで飛びつきたくなります。
でも、世を動かす政治家は心動かされないようです。
国内だけの問題ではなく、外交というしがらみがそうはさせないからではないでしょうか。
多くの国家が核を持ちたがっています。
孫さんの言うように、原発はもう時代遅れです。
ですが、日本は原発でしか核を持つことができません。
日本国家は原発を隠れ蓑にして核を保有したいのでしょうか。
日本を核廃棄物の墓場にしようとしているのでは、という推論があります。
読むほどに、現在の状況と推論とが見事に符合していました。
また、今回の地震そのものが人工の、地震兵器による攻撃だったという意見もあります。
ネットで情報収集している方はほとんどここに一度は行き当たるのではないでしょうか。
私は最初の一ヶ月は無視していました。
震災からほどなくネットで情報を探すようになって
NHKなどの地上波情報とネットでの情報でのギャップに疲れ
主人が「もういい、俺、陰謀説(人工地震によるテロ説)を採る」と(ギャグで)言って
2人で笑った、というようなエピソードがあり
存在は知っていましたがもちろん度外視していました。
そんなものに首を突っ込んだらいくら私たちだって混乱すると思ったからです。
出来事と出来事の間のみぞを埋めるべく考察を重ねるうち
何度も行き詰まり、行き詰まりを突破する情報を求めると必ずみつかるのが
地震兵器HAARPのことでした。
そもそも日本が原発を離れられないのはなぜか、
何のために原発を持つのか、
原発とは国家にとってなんなのか、などと問いかけていくと
原発とは核であり、核は戦争の切り札であり
戦争とは人間の集合意識の怒りのはけ口などでは決してなく
金儲けの手段であり権力支配とコントロールだということが見えてきます。
その権力と日本国家は私たち一般市民にはうかがい知れない取引をしていて
その取引を遂行しているため
国民の良心や安全を求める声は反映されることなく無視され続けるのではないでしょうか。
地震兵器はそういった権力の取引のために仕掛けられたひとつの手段だということなのです。
地震兵器だなんて、ばかばかしい、と怒る人が大勢います。
私も自分のブログに地震兵器のことを書くに至るまでは相当考えました。
そっちのほうの人、みたいな偏りを自分は持ちたくないという気持ちもありました。
ですが、日々報道される大本営から送られる意味不明なニュースと
政府の取ろうとしている舵の向き、
それに対する心ある人たちの反応を見ていて
やはりここは避けては前に進めないんだろうなとカンネンしました。
地震兵器を調べると、これは荒唐無稽なフィクションではないことが見えてきます。
(後編へ続く)

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