最大限に生きる

OSHOは大好きで尊敬しているマスターです。
彼のタロット(オラクルカード)に
「キリスト教のように最小限に生きることでなく
禅はあなた方に最大限に生きることを求める」という言葉があります。
キリストはまた、私の最も敬愛するマスターです。
キリスト教という人間が組織した規律はそうなのかもしれませんが
恐らく、というか間違いなく、キリストは人間にそう求めてはいないでしょう。
ACIMはマスターであるキリストを人がチャネルして降ろされた情報ですが
主人に「ねえ、ACIMは最小限に生きることを求めていると思う?」と聞きました。
すると「思わない。だって、すべてを赦すんだよ、この世で出会うすべてを。
最大限じゃない。」
といいました。
なるほど。
赦すことは、最大限にそれを感じて、受け入れる作業です。
自己の内面とこんなにも親密に、向き合い丁寧に付き合うことは
なかなかないほど、最大限かもしれませんね。

“最大限に生きる” への2件の返信

  1. AZUさん、こんにちは☆
    こちらを拝見し「生かされて」という1994年にルワンダで実際に起きた大量虐殺を生き抜いたイマキュレー・イリバギザさんという女性の手記を思い出しました。
    家族を虐殺され、最終的にその自分の家族を殺した相手と面会し、彼女は“赦ししか与えられない”と言って犯人を赦しますが、なぜ彼女が過酷な状況下でそのような心境に至れたのか、私は知りたくて食い入るように読みました。
    彼女は敬虔なクリスチャンで、生き延びる為に身を潜めている間、ロザリオを手に、ずっと祈っていました。
    私は無宗教で、状況や理由は違いますが、私も今までの人生を振り返り、赦せなかった事、人を少しずつでも赦せるようにしていこうと模索する日々であります。
    そして、私も赦してもらえるように祈り、きれいな生き方をしたいと思っています。
    誰かが「赦すことも愛であって、それが一番難しい愛だ」と言っていました。
    ほんと、そうだなぁ、と思ったのであります。

  2. こりにょんさん
    >AZUさん、こんにちは☆
    >こちらを拝見し「生かされて」という1994年にルワンダで実際に起きた大量虐殺を生き抜いたイマキュレー・イリバギザさんという女性の手記を思い出しました。
    >家族を虐殺され、最終的にその自分の家族を殺した相手と面会し、彼女は“赦ししか与えられない”と言って犯人を赦しますが、なぜ彼女が過酷な状況下でそのような心境に至れたのか、私は知りたくて食い入るように読みました。
    >彼女は敬虔なクリスチャンで、生き延びる為に身を潜めている間、ロザリオを手に、ずっと祈っていました。
    >私は無宗教で、状況や理由は違いますが、私も今までの人生を振り返り、赦せなかった事、人を少しずつでも赦せるようにしていこうと模索する日々であります。
    >そして、私も赦してもらえるように祈り、きれいな生き方をしたいと思っています。
    >誰かが「赦すことも愛であって、それが一番難しい愛だ」と言っていました。
    >ほんと、そうだなぁ、と思ったのであります。

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