イメージ 前世療法

イメージを、ビジョンをみることだと決めてしまうと
困ることが他にも起こってきます。
自分が成功しているところをビジュアル化してみて
そこでいい気分になるか、なんか違和感があったりむしろやーな気分を感じるか。
実はイメージする、とはこの時感じる気分のほうのことに近いのです。
潜在意識は否応なしに感じることが属するもので
現実化するのは、このとき感じるフィーリングのほうです。
それで、結果が思わしくなければ
もっとがんばらなくちゃ、自分は足りてない、という意識が芽生え
潜在意識の中では「自分は足りてない、充分じゃない」という意識が
どんどん活性化されていき
充分じゃない、足りていない、という現実を引き寄せていきます。
ですが、このケースは潜在意識の法則が見事に実を結んでいる事例です。
また、過去世などのビジョンを自分でどんどん思い出せる方も
時々いらっしゃいます。
そういう方はビジョンを見る、という形で思い出しています。
感覚で思い出している方もたくさんいると思いますが
感覚派の方は、過去世だという確信が持ちにくいはずです。
なんとなく、そんな感じがするんだけど・・・となります。
視覚派だとビジョンが飛び込んでくるので
これは間違いないと確信しやすいと思います。
過去世で私と彼はずっとパートナーで、とか
その時兄弟だったから、というような話はなんとなくロマンがありますが
だからといって今世で幸せになるとは限らないし
特に同じ魂同士のほうがいいという理由は私はあまり感じません。
私たち人間は過去にも今と同じか今以上に
愛というものに対して未熟な生き物でした。
ですから今もこうしてひとつひとつ大切なものを見極めながら
愛を体現しようと奮闘しています。
そのために過去のとらわれ、どうしてもこびりついている思い込みを
変性意識下で解放し浄化しようというのが過去世セラピーなのです。
現世のエゴの意識で過去世にこだわってしまうのは
目覚めという道程においては逆行です。
不安がるエゴにえさをあげていることになります。
エゴは安定するためにいつも理由を探します。
理由が見つかれば頭は一時的に納得しますが
心、潜在意識レベルではまったく変化はなく
さらにふたがきっちりとされていくに過ぎません。
過去世での私がどうだったかということではなく
魂がひたすらに体験してきた愛の記憶を
今世に反映して生きることです。
愛は一切のとらわれを超えています。
ですから過去世のとらわれを芯から忘れて今を生きるために
このセラピーを利用していただきたいのです。

イメージとは?

イメージが苦手、とおっしゃる方が多いです。
今はスポーツでもビジネスでも成功哲学でも、イメージ、ということが言われています。
セラピーでもイメージを使います。
ヒプノのCDなどをご自分で試したり、本を読んで瞑想したり、
それで、どうもうまくいかない、私はイメージするのが苦手、という方が
本当に多いです。
ですが、ほとんどの場合、それは誤解か早合点です。
まずほとんどの方は、イメージ=映像だと思っています。
ヒプノに関して言えば、ヒプノセラピー=映像が見える不思議体験、とも思っている。
でも、人間の知覚で、視覚化するのが自然、得意、という方は全体の1~2割だと言います。
私の経験だと、1割に満ちるかどうか、という感じ。
ほとんどの方は感覚派。
ごくわずかに聴覚派がいますが、聴覚が強いから何かが聞こえた、という方は
これまでいらっしゃいません。
それだと幻聴と区別がつきにくいですよね。
記憶を思い出すときに、声、とか、言葉、を鮮明に心の中で再生されるという体験が
聴覚派と言っていいのではないでしょうか。
私は結構、いろんな人の言ったことをそのまま音で記憶している部分があります。
トーンやニュアンスもそのまま、という感じです。
だからセリフを一度口に出すとすぐに覚えてしまいます。
そんな感じです。
あとは、匂い、というのはとても記憶と結びついていますね。
嗅覚は人間の知覚の中でも最も古い時点で作られた脳が司っているそうです。
進化の過程で恐竜だった頃の脳、みたいな感じだったと思います。
恐竜だったかどうか忘れましたが(ほんといい加減ですみません)、爬虫類かな。
それで、毎年春の匂いをかぐと、新入学の気分とか、
(新入学の時、ワクワク、楽しみな子だと、春=ワクワク。
知らない人がいっぱい、味方がいない、怖い、不安、であれば、春=不安。
さらにその記憶を最初に感じた場面まで遡ると
お母さんがいない、見えない=不安、という記憶と結びついていたりします。)
恋の気分とか、そういう気分にひたる、という感じになる方もいらっしゃるのでは。
気温もありますね。
クーラーは全然好きじゃないんですけど
クーラーの効いた部屋は
ちょっと緊張とウキウキみたいなのがあったり。
いつのどんな記憶から来てるのかなーと辿ってみるとき
クーラーの効いた匂いからお部屋が浮かんできて
こども部屋にクーラーをつけてもらって
ちょっと大人になったみたいな、新しい世界、みたいな記憶で、
そばに妹もいて、どんな顔してたか、と意識をむけてみると、笑顔で、
小学校低学年、みたい。…
と、こんな感じ。
でも、それを思考の力で思い出そうとすると
「子供の頃、子供部屋にクーラーがついたのはいつだろう?」…?
なにか特別なシチュエーションでなければなかなか思い出せないんですよね。
今すごくでまかせに記憶についてたどったけれど
それだけでも子供の頃の家の中とか、部屋とか、
まだ小さい弟、妹、おばあちゃんの座ってる姿、のとか
随分出てきました。
例えばイメージって、こんな感じなんです。
五感を駆使してたどっていく感じなんですね。
がんばってビジュアル化しようとすると、思考と記憶が混同してしまうので
かえって逆効果な場合もあるくらいです。
以上は超基礎編です。
今日はこの辺で^^

東京滞在

あっという間の一週間でした。
先週の今日、早朝から那覇空港より東京へ向かいました。
3日間に9人の方々とセッションさせていただきました。
皆さんとても真剣に、真摯に取り組んでくださり
私にとってもたくさんの学びと気づきと愛に満ちた3日間でした。
人と触れ合うとき
こんな深みに触れる機会を人生に与えられていることの感慨を
しみじみ味わうことができました。
今月はとても忙しくて
沖縄へ戻ってからも引き続きセッションの日々。
いただいたメールのお返事などもたくさんあって
気がつくともう一週間が過ぎていました。
東京滞在は、移動とセッションに完全に集中しました。
おかげさまでハプニング、トラブルもなく
本当に静かに丁寧に運ばれて
ぎりぎりの予定を滞りなく遂行できたことが
何よりの導きだったと思います。
数名の方にキャンセル待ちまでしていただき
快くこちらのスケジュールを思いやっていただいたことも
とても温かい優しさをいただきました。
みなさんのお幸せを願ってやみません。
いつも申し上げていることですが
どんなきっかけであれ、
ご自身の内面に取り組むこと自体が
本当に尊いことで
全体の幸せに貢献することだと
私は信じています。
心からの感謝と尊敬の念をみなさんへ。
AZU拝

願い

これぞ、沖縄のきれいな空、という今しがたの豊崎の空です。
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* * *
どうしようもない痛みを抱えた人が
この世にはどれくらいいるのだろう。
みんな、何とかして痛みを感じない人生を
汚れのない人生を目指して
せわしない気がするけれど
本当の信頼を
本当の幸せを知っている人は
少しくらいの痛みを背負うことは
悪いことではないと言うのではないかと思う。
この世は幻想だから
半分くらいは目をつむって
心の目に光をみつめて生きていたい。
その少しの痛みは
いつも、自分を愛するレッスンを思い出させてくれるから。
その少しの苦しみは
誰かの痛みを分かち合えるしるしだから。
完全とは、不完全の中にあって
完全な信頼のなかにいられることだから。
自分だけが完全無欠で
痛みがない人生になろうなんて。
もし世界から
すべての子たちから
痛みが消え去り
すべてのおとなたちが救われたとき
そうなればいいんじゃない。
痛みを喜んで受け入れるとき
奇跡は起こる。
本当の救いはそこからくる。
痛みを消すちから。
痛みを愛に、光に変えるちから。
真実の信頼。
完全なる神よ
あなたが私に与えたものすべてが
あなたの贈り物。
あなたが与えなかったものは
本当は存在しなかった、
ということの意味。