ふるさと-JAPAN

YAHOOの動画でアニメ映画を見ました。
テレビがないので、時々Gyaoとかyou tubeとかYAHOOとかで動画を見たりします。
ニュースはいつもこのどれかで見ています。
それで、「あしたのジョー2」なんかもちらっと見たりしてしまいました。
父が力石徹の声をやっていて、1で死んでしまったのですが2でも空に浮かんで出てきます。
それでびっくりしたのですが、ジョーは力石のテンプルへの一撃で彼を死なせてしまい
2では彼の死を時間をかけて癒し吹っ切ったつもりで試合に臨みますが
彼は相手の顔にパンチを打つことができない。ボディだけで戦います。
そしてそれには途中までまったく気づかないのです。
そしてチャンピオンとの試合で彼はその事実を突きつけられる。
それを告げる丹下段平のおっちゃんはなんと、
「力石くんを死に追いやったテンプルへのパンチが『トラウマ』となって…
頭では乗り越えたつもりでもからだはトラウマを覚えていて
無意識の反応をしてしまうんじゃ!」
と言ってます。
すごい。
潜在意識の仕組みを見事に説明している。
1のときから確かにそうだったけど
(幼少での孤独と欠乏から戦いに駆り立てられるというような)
2ではトラウマとの闘いがテーマになってる。…
話を戻しますが…
ふるさと-JAPANというアニメ映画をやっていました。
(今もやってます。)
何気なく見始めてしまったのですが結構すごい映画でした。
昭和31年の小学校が舞台で、何気ない普通のお話ですが
描かれていたのは心、でした。
それで、心について見事に描かれていたので
ついつい何度も号泣してしまいました。
とても印象的だったのが、少年を叱るお父さんとお母さんのやり方でした。
まったく怒っていないけれど、お父さんお母さんが、彼をどんな風に愛しているか
彼らが人生にどのように向き合っているかが
ほんの数行の台詞から伝わりました。
それから、子供たちが悪さをしたことに対する罰則の意味(連帯責任)について
私は生まれて初めてものすごく納得のいく解説を聞きました。
私は中学校の時に世間は不良、スケバン、暴走族が横行していて
とても厳しい罰則だらけの学生生活を送りました。
厳しいのはかまわないのですが、規則と罰則が一人歩きをし、
先生方が生徒を恐れ、暴力によって制圧しようとしていました。
人を人として豊かに育てたいという思いなどはどこかに追いやられ
恐れが不信を生み、不信が暴力を作り、悲しいことがたくさん起こりました。
いつでも時代は反動の反動でいろんなことが起こります。
昭和31年はすでに心を置いてきぼりにする時代が始まっていたように描かれていますが
時代のせいではなく
いつでも、私たちは心を失い、また取り戻してみたりを繰り返してきたのでしょう。
時代のせいではなく
心を取り戻すことは今この瞬間に始めることができます。

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