無事ということ

若い頃はもちろんですが、わりと最近まで私は「無事」とか「無難」ということに
ほとんど、全くといっていいほど魅力を感じませんでした。
とんでもなく困ったことや辛いことの連続の中にあっても、
「ああ、もっと無難に生きたい」とか「今日無事でありがたい」なんて
全然思えなかった。
ところが、最近になって無事、無難の本当の仕組みとか意味とかがわかったら
ものすごくありがたいことで、
もうそれこそが奇跡だということを実感するようになりました。
私たち人間はこの星でとても長いことエゴの法則の中で生きてきているので
いいことがあればわるいこともあるし幸運もあれば不運もあるというように
「いってこい」の正負の法則が当たり前です。
私も長いこと辛い気持ちで生きてきたので
その頃は「これだけひどい目にあったんだから、いつかでっかい幸運がきて
あとはもういいことばっかりしかない人生が待ってるのかしら」なんて思ったりしました。
ところが、ひとしきりの嵐が去り心に平安がやってくるなり
不思議と同じ分量の「いいこと」を求める気持ちが消えていきました。
これは不思議でした。
幸せ、というものは不幸の対極に在るものではないんだな、とわかりました。
幸せは、マイナス10がプラス10に転ずるのではなく
ゼロにいることだと感じました。
ゼロに戻ってくると不思議とマイナス10の頃の恨みなんて忘れてしまいます。
そしてやすらぎの中で「ゆるしの祈り」をすると
ものすごいことが起こっているのを感じることができます。
ゆるしの祈りはカルマを解消することができるとありますが
信じようが信じまいが実際私たちは肉体を持って生きているだけで
生・老・病・死などの苦を体験しなければなりませんし
自分が生きるためには知らず知らずに、他の命を奪ったり傷つけたりしているものです。
ですから私たちは肉体中心に生きることで
負のカルマを背負っているとも言えます。
ゆるしの祈りでは、そうやって知らずに作ってきた負のカルマや
私たちの先祖が子孫を残すことで作ってきたカルマのすべてに言及して
そのための赦しを大いなる存在(神)に祈ります。
私たちは生きることで奪い、奪われるという代償を払い続けています。
ですから、人生ってそんなもんさ、と甘んじて受け入れている「不運なこと」が
日常茶飯事に起こるのは至極当然のことです。
ですが、私たちが過去のすべてを赦そうと決め、そして
赦されることを願う時
その道を歩くことを決意し選ぶ時
私たちは、その因果の法則の悪夢から目覚めることができます。
今日無事だということは
過去が赦され、カルマの支払いを帳消しにした証拠です。
奇跡(愛による神わざ)の中に生きることそのものだと感じるこのごろです。

“無事ということ” への8件の返信

  1. 私も以前はマイナスとかプラスとかで考えていました。
    プラスの幸せというのは、他者との比較、優越感だったりのエゴ的な幸せで、ほんとのほんとの幸せはゼロというのはなんとなく感じています。
    けれども赦しの祈りというのは実践していなくて、以下の文のところも私は感じていないので、何度読んでも頭で理解しようとすることになるので難しく感じます。
    でも、
    >奇跡(愛による神わざ)の中に生きることそのものだと感じるこのごろです。
    これはなんとなく分かるような気がします。
    気づいて、感じて、意識することでやすらぎの中に入れそうな気がします。

  2. 幸せがゼロ。
    これはそうだと思います。無事、無難、不戦、無為、こうしたものは古代中国人は上策であるときちんと評価していましたもの。

  3. 日本円で支払うことは出来ますか?

  4. AZUさん
    いいこと少し、悪いこといっぱい、たくさんの人々の助けを借りてよくまあ無事に余生を送っていられることだと感謝かんしゃです。あとはピンピン、ころりを願うだけです。もちろん沖縄でAZUさんに会ってからですが・・・・・。

  5. わしゅ72さん
    >私も以前はマイナスとかプラスとかで考えていました。
    >プラスの幸せというのは、他者との比較、優越感だったりのエゴ的な幸せで、ほんとのほんとの幸せはゼロというのはなんとなく感じています。

    >けれども赦しの祈りというのは実践していなくて、以下の文のところも私は感じていないので、何度読んでも頭で理解しようとすることになるので難しく感じます。
    >でも、

    >>奇跡(愛による神わざ)の中に生きることそのものだと感じるこのごろです。

    >これはなんとなく分かるような気がします。
    >気づいて、感じて、意識することでやすらぎの中に入れそうな気がします。

  6. 湖 南さん
    >幸せがゼロ。

    >これはそうだと思います。無事、無難、不戦、無為、こうしたものは古代中国人は上策であるときちんと評価していましたもの。

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