なんくるないさを読む

なんくるないさ~は言わずと知れた沖縄の言葉で、直訳はなんとかなるさ、だそうです。
東京でもおなじみの言葉でこの言葉が好きという人がたくさんいました。
確かに、かんばってがんばって、心配や不安に襲われた時
なんくるないさ~は救いの魔法の言葉のようです。
こちらへ来て、ほとんど神さままかせ導きまかせの状態で
なんの足がかりもなく生活が始まり、
不安がなかったかと言えば嘘ですが、
自分の中のどこかでは、必ず道はあるはずだと感じていました。
でももちろん、探さなければ道はみつからないし
求めなければ与えられません。
ですから私は「なにを求めればいいのか」ということに対して
とても注意を払っていました。
もし生活の不安を解消したいがために
間違ったものを願ってそれが与えられてしまうと
せっかくここへ来たことの本当の学びを見失ってしまうでしょうし
そんなのはこれまでにたくさんやってきたことなので
もったいないと思ったからです。
私とパートナーは、めんどくさくてもなるべくあらゆる可能性を検証するようになりました。
それは、最悪を想定するということではなく
自分の中の無意識に気づきたいという思いからです。
ラッキーと思えることもそうでないことも
ちゃんと意識的に意図して受け取ったり受け入れたりしたいからです。
いろいろと話し合ったあげく
何度かなんくるないさという言葉をくちにしてみたことはありましたが
一つ間違うとこの言葉をとても安易に乱用してしまいそうなので
結構警戒していました。
実際この言葉(沖縄だけでなく内地での標準語も含めて)の使い方に
疑問を感じる場面にもこれまでたくさん出会ってきたように思います。
それで、昨日ふとこの言葉の真意がひらめきました。
それは「死をも受け入れる」ということでした。
それで、これは通じるのだろうかと思ってパートナーに言ってみました。
「ねえ、なんくるないさの使い方わかったよ。
死をも受け入れますって意味だよ。」と言ったら
「ああ、そうだね。」と言われました。
沖縄ではこんなことを学んでいます。

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