自由な選択

自由ほど難しいものはない、自由とは責任を伴うものだ、と
確か小5小6の担任の岩ちゃんが言ってたような気がする。
その言葉はかなり応用が利く言葉ではあると思う。
友達が日記に茂木健一郎氏の話しを書いていて
「Aの選択を後悔するから人間は成長できる。
次はAの間違いをしないようにBを選択できるから」
とゆうような話しだったけど、
それってものすごく昔の道徳とか教訓とか
あるいはサルの訓練の話しみたいに聞こえてしまう。
茂木さんて脳の研究の最先端を行っる人なのかと思っていたけど
意識と脳では世界が違うのかな。
人間は、Aの失敗をしたくなくてBを選んでも
Aのような失敗をします。
あんな目には2度と遭いたくない!というような深い痛手ほど
そういう傾向があります。
もうこんなのは使い古された例ですが
アルコール依存症の父を持って苦しんだ女の子は
絶対お酒で失敗したくないと思うし
お酒に溺れるような男を選ばないようにしよう!ってものすごくこころに誓うんだけど
気がつくと酔っ払った彼氏に殴られたり結婚してみたら相手が依存症になってたなんてことが
ざらです。
もしくは自分はお酒には手を出さなかったけど
薬を飲まないと生活できなくなっていた、というのも
表れ方がちょっと違っただけで依存の世界の住人に違いはありません。
それは本当にぞっとするような体験です。
そのループにいる時、本当に自分は呪われてるんじゃないかと恐くなると思います。
でも、呪われてる!どうしよう!と真剣に思ったほうがいいと私は思います。
なぜならそこにはちゃんとした仕組みがあるからです。
ですからその呪いは解くことができます。
子供の時から自分はたいして悪いこともした覚えがないのにひどい目にばかり遭っていると
これはちょっとおかしい、なんとかしないと人生がめちゃめちゃだ、と
自覚して対処する気になります。
でもそうでもないと、人間は自力でがんばればなんとかなる、とか
そのうちになんとかなる、と思ってしまいがちです。
高校の授業で唯一役に立ったのは
古文の授業で田子先生がしてくれた茹で蛙の話しでした。
「二つのビーカーにお湯を沸かします。
一つには水の時から蛙を入れておき
もう一つはお湯が沸いてから蛙を入れます。
熱湯のビーカーの蛙は熱いのでびっくりして飛び出して逃げます。
もう一つのほうはいい湯加減だ、ちょっと熱くなってきたけどまだいいかな
なんて思っているうちにすっかり茹ってしまって
限界の時にはもう茹で蛙になって逃げられないのです。」
AがいやだからBを選んだとしても
多くの場合、その選択肢はAチームの中のどれかでしかないのです。
なぜなら自分がその波長にある時、
その場所からはAチームの波長にしかフォーカスできないからです。
つまりAチームにしか魅力を感じないのです。
私は基本、他人の生き方に口出しはしないスタイルで生きています。
同じことを繰り返している人はだいたいにおいて
「でもいいの、いつかどうにかなるから。私はこういう生き方が好き」と
無意識的に思っている人が多いのです。
そして本当に変わりたい人は、だいたい何とかして変わる方法を探し出します。
変わりたくない人の場合、多分今の状況は周りの何かのせいで
変わるべきなのは周りだと信じているのではないでしょうか。
そういう人が周りにいたら、私はやはりその人が心底
周りを変えようとすることに疲れるのを待ちます。
というかほっといて忘れてしまいます。
そういう人はだいたいどんな時でも周りを変えようと奮闘していて
周りに文句が多いので、疲れて一緒にいられないのです。
心底疲れてもうだめだ、周りをどうしても変えられない、でも人生を何とかしたい、
もっとしあわせに、それができたら周囲も一緒にしあわせに、そして世界がしあわせに、
と願う人と一緒に自分を変容させる旅をする方が性に合っています。
私は多くの人が自分のしあわせのために自分に取り組み自分を変容させることが
世界を平和にすると信じています。
それは究極的にエゴに取り組みエゴの正体を知りエゴを変容させることだからです。
エゴに取り組むと人間は自由な選択が初めて可能になってきます。
Aチームという枠をはずすことが可能になってくるということです。
(それまでは真実の私ではなく、くっついている仮面が選択しています。
あるいは仮面ごし、鎧ごしに世界を見てジャッジメントしています。)
同時にすべての責任は自分にあることを知ることになります。
古い言い方では、責任は自由を得る代償のように言われてきた感がありますが
全責任を負う姿勢に初めて自由はもたらされ、不可分です。
どうせ一度の人生だから
仮面じゃなく鎧じゃなくわたし、として生きたいじゃありませんか。

“自由な選択” への5件の返信

  1. こんばんは。
    ちょっとショックでした。。。
    これって私の事だよね。
    でも、私の書き方が悪かったから、きちんと伝わらなかったんだと思う事にします。
    茂木さんの言っていることは、お題目ではないと思います。
    ちゃんとそれを文章にできてない自分が 恥ずかしいけど。
    Aを避けたり逃げたりして Bを選ぶということではなく。
    Aという事柄を後悔したことで「じゃあどうしたら、そこを乗りこえていけるのか」とか「自分の意識を変える事によって、次はBに辿り着ける自分に変われるんじゃないか」っていう事を述べてたんだと思う。
    うーん、うまく伝わらないね。直に話したい。。。
    私のことに関しては、何も言えないです。
    AZUの言う言葉が今の私なのかもしれないし、・・・真摯に受け止めています。
    私のエゴ。
    ・・・そうかもしれない。
    日記に痛かった言葉を、そのまま書かせてもらってもいいかな。

  2. うーーーむ、心当たりありますね。
    断ち切りたいけど、難しい。。
    私は子供を持ちたいと思えない事が何だか後ろめたくて、どうしたらいいのかな、と思います。

  3. 付け加えるなら、これは、私自身の体験に基づいており、あえて言うなら私のことです。ですので、これ、私のこと?と感じてもらえるならそれは私の物語にあなたが共感してくれたってこと、と私は思います。すべてのエゴの物語は、私の物語でありあなたの物語です。ですから私たちが自分のエゴに取り組むことが世界の平和に繋がる、と言えるのです。

  4. kazueさん
    >うーーーむ、心当たりありますね。
    >断ち切りたいけど、難しい。。
    >私は子供を持ちたいと思えない事が何だか後ろめたくて、どうしたらいいのかな、と思います。

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