こころのきれいな?

あるパーティーに呼んでいただき
楽しく会食だ~と主人と参加したら
いきなりお坊さんの説法を1時間も聞かされてしまいました。
いえ、ありがたい内容だったりしたのなら
寝食も忘れて夢中で楽しんだはずなのです。
ところがその内容が
昔の日本人はよかった、
外国人にはわからない、
日本人だけしかわからない、
今日は若い人が多いから話しが難しいかもしれない、
とおっしゃる。
その店はネパール料理を出していて
外国の方がたくさん働いていらっしゃる。
多分遠目に見てだか彼(坊主)の年齢と比較してか
私と主人はその若者の代表格に見られているらしい気配。
そして肝心のお話しは
主人いわく「小学校みたい」。
坊さんいわく「こころのきれいな人とはなんですか?」
大の大人に何人も答えさせておいて
どれも否定したあげく
思いやりのあるとかやさしいとか答えてほしかった、と文句をおっしゃる。
人生感謝していればうまくいく、とおっしゃる。
お客さんにありがたいありがたいと思っていれば
商売がうまくいくとおっしゃる。
もし、その坊さんが
本当に真剣にそう実践して
そうなったと言うなら
きっと当たり前の言葉に真実味があっただろうに、と思う。
そしてそのあげくに
僕の講話は決められた時間をオーバーしたことがないんだ、ありがたいだろうとおっしゃり
かみさんからは、早めに終わってあげるのが親切よと言われるという。
あまりにくだらない話しに付き合うのもうんざりしたので
瞑想をし始めた。
忙しくてゆっくり瞑想できていないからちょうどいいや、と開き直ると
こころがとても穏やかになった。
ああ、自分の時間を生き返らせることができてよかった、と思った。
そのとたんに説法が予定より早めに終わった。
受け入れたとたんにそれが去っていくというとてもわかりやすい修行でした。

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