しあわせ度マックス多発

最近、そういう状態が日常茶飯事に起こるようになってる。
以前しあわせ感に縁のない日常を送っていたころは
しあわせというものの実態すら想像もできなかった。
世では平穏こそしあわせ、とか、凡庸がいいのだ、というおとなが多かった気がして
そんなもの●○喰らえと思っていたものだ。
それでいてしあわせや愛情らしきものにものすごく飢えていて、
おかしな恋愛とかを繰り返したり彷徨ったりもしていた。
今実感するしあわせは、とてつもなくエキサイティングで
この上なく完璧でそれ以上はない、という
とても明確で実態のある現象だと思う。
但しそれは、渇望のような飢えを一時的に満たした時のような
刹那的なスリリングなものではなく
お椀は常にご馳走で満ちていて
その匂いを嗅ごうと意識を向けた瞬間に中枢を満たしてくれるような
ありがたい感覚なのだ。
平穏や凡庸こそがしあわせなのではなく
一見平穏で凡庸に見える状況の中にあって
究極の神秘や全霊をかけた存在のあり方、
無数に繰り広げられる軌跡の連なりを感じ続けられることがしあわせなのだ。
私たちが例え完璧に静止しているつもりでも
地球はものすごい速度で数十億年走り続けており
命ある限り体内では休むことなくあらゆる器官や微生物たちが活動している。
私たちは決して止まることはない。
脈動している。
しあわせのうねりがおしよせる。

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