戦い

スピリチュアルの世界では常識だが、
私たちを取り囲む世界は私たちの内面の表れ。
外に戦争があるのは、私たちの内面の怒りの表れだという。
そういう目で世界を観察すると、ものすごく発見が多いのが事実だ。
発見は外側にではなく、自分の内側に起こる。
発見すると、固定観念が壊れていく。
固定観念を崩すと平和がおとずれる。
内的平和が訪れると世界に平和がもたらされる。
とても理にかなっている。
でもそれとは別に、インディゴチルドレンたちは
地上に愛をもたらす存在として、戦士の気質をまとって地球に参上した。
インディゴにとっての「戦い」とはなんだろう、とよく考えている。
どうやって説明したらいいんだろう・・・、と。
インディゴの戦いは、より深い和解と融合を目的としている。
相手を倒すことが勝利ではない。
戦う相手に最初から愛を送っている。
理解さえ得られれば、即座に戦意は雲散霧消してしまう。
インディゴが真に怒りを覚えるのは、尊厳を傷つけられる時である。
その矛先が自分に向けられたものでなく隣人や友人にであっても
同じように怒るので誤解を受けることがよくあるが
インディゴにはその区別がわからない。
インディゴが戦うのは、理想を実現するためである。
インディゴの使命は魂の深い場所での約束なので
顕在意識では忘れ去られていてもからだのセンサーに感知される。
インディゴの理想から外れた利己主義的エネルギーに攻撃されると
からだが反応してしまう。
嘘発見器のように欺瞞を見逃せない。
無理に感じないようにすると、どこかが破綻してエネルギーを失ってしまう。
元気のないインディゴの一番の薬は愛である。
愛中心の世の中を創ってもいいんだと知ると
とたんに息を吹き返し、才能を発揮する。
インディゴは愛と想像と創造にかけて天才である。

“戦い” への2件の返信

  1.  私もそうなんだけど、AZUさんも戦士気質ですよね。^^;
     まあ開拓者的役割の人ってそうなんだと思います。
     実は物事に善悪や良し悪しがないように、「戦い」に関しても悪いことばかりではないってことなんだと思います。
     「死」がそうであるように、新しく生まれるために死は必要であって、それは切り離せるものではないですしね。
     戦いもベクトルを変換させる手段として必要な時があるのでしょうね。ただその方法は吟味する必要はあると思います。
     もしかしたら「戦い」って言葉自体が誤解されすぎてしまっているのかもしれませんが。。。
     ・・・って何だかよくわからないコメントになってしまいました。(汗
     言葉で言うのって難しいですね。。。

  2. まき貝7816さん
    > 私もそうなんだけど、AZUさんも戦士気質ですよね。^^;
    > まあ開拓者的役割の人ってそうなんだと思います。


    > 実は物事に善悪や良し悪しがないように、「戦い」に関しても悪いことばかりではないってことなんだと思います。
    > 「死」がそうであるように、新しく生まれるために死は必要であって、それは切り離せるものではないですしね。

    > 戦いもベクトルを変換させる手段として必要な時があるのでしょうね。ただその方法は吟味する必要はあると思います。
    > もしかしたら「戦い」って言葉自体が誤解されすぎてしまっているのかもしれませんが。。。
    > ・・・って何だかよくわからないコメントになってしまいました。(汗
    > 言葉で言うのって難しいですね。。。

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