怒涛の数日

を送っておりました。
某番組の生本番で、まさに寝る時間がなかった・・。
お陰で時間の感覚がなく、何日たったかもわからないけど
よく考えたら4日間の出来事でした。
ただいま^^
このお仕事始まってからまもなく一年。
毎回怒涛で毎回いろんなことが起こります。
なかなかどうして奥の深いお仕事です。
さて、今夜は皆既月食だそうです。
お月様見えるといいな。
月は私たちに何を教えてくれるんだろう。

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本当のしあわせ

人間が、本当の幸福をみんな体験するようになると
環境破壊はなくなるんじゃないかな・・・・
と思う。
もちろん人によってしあわせの形は違うんだけど
本当にしあわせな人って言うのは
他人をねたんだり、競争して勝ったり
不安だからたくさんものやお金を溜め込んだりする必要もなくなって
自分のしあわせを身の回りに自然に振りまくようになって
しあわせの波動が回りに満ちてきて
他人のしあわせを願うようになって
地球の裏側や、目に見えない所の人たち
動物や植物
地球という星のいのち
宇宙全体の利益を思いやるようになって
自然、そういうふうに振舞うようになって
そういう人がまわりにいっぱいになっていけば
今苦しんでいる人も
しあわせになり方に気づいて
みんながしあわせになりやすくなって
みんながそうなると
地球の隅々までそれが行きわたって
そうすると一部の権力者の好き勝手は
とても小さなばかげたことだとみんなが気づいて
その人たちにも
しあわせの波動が行きわたって
その人たちは支配する必要がなくなって
コントロールする必要もなくなって
たくさんの富をよいことに使うようになって
そのころには地球はとてもよろこんで元気になって
みんなが健康になって
命をだいじにして
たくさんのいのちがとてつもなく輝いて
眩しくて眩しくてしかたがないような星になり
みんなが目を細めて笑っている
というような想像してワクワクしたりしています。
話しは飛びますが
インドの山のサルは、毎日夕日をじーっと、見るそうです。
夕日が落ちる時間になるとみんな並んで夕日を眺めるんだそうです。
うちのだんなさんはインドで、サルと一緒に毎日夕日を見たそうです。
サルは多分、何かを知っているんだと思います。
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聖母マリア


昨日は終戦記念日であり、聖母マリアが亡くなった日。
なので、というわけでもないのですが
また、サレジオ教会に一人で行ってきました。お祈りしに。
きっと教会はにぎわってるだろうな・・入れるかしら・・
なんて思っていたのですが
驚いたことに入ってみるといつもの静かな教会した。
すれ違いに若いかわいいおかあさんと女の子が出て行くところでした。
お祈りに来たというよりお散歩、という雰囲気でした。
窓も締め切りで、そこは誰もいない体育館みたい。サウナのように暑い。
でもおかげで落ち着いてお祈りできます。
今日一日くらいは、ろうそくの火を絶やさないようにしてもよさそうなのに。
カトリック教会はきっと信者の方以外はそうそうお祈りには来ないんだろうな。
信者の方はミサに行かれるだろうし。・・・
ところで昨日はせっかく心穏やかにお祈りしたはずなのに
夜にはだんなさんと大喧嘩してしまいました。
けんかはもう4年のお付き合いの中でしょっちゅうなのですが
われながら、本当にヒドイんです。
最初は私がキチガイなんだろうと思っていたのですが
どうも、だんなさんのほうもひどい。
2人になるともう手がつけられません。
私はここのところ、手にひどい痛みがあり
原因もわからずかなりストレスです。
原因がわからないので、だんなさんの鍼も功を奏さず。
仕事や遊びにはそれほど支障がないのですが
家事の時はかなり負担です。
掃除などは意外に大丈夫でがんばってるけど、料理は痛い。
掃除は時々サボれるけれど、料理だけは休みがないんですよねぇ。
今週はお仕事が休みだったんだけど
手の痛みはひどくなるばかりで、少しも養生できなかった・・。
痛みが続くと心も不安になってきて
憂鬱になってしまう。
で、ちょっと疲れて怒りっぽかったようです。
私の場合、けんかしながら必死に原因を考えたりします。
分析も同時にします。
これは幼少期のトラウマだな、とか。・・
あの言葉は本心じゃないな、とか。・・
でも、子供にはあれは見せられない!と昨日は思いました。
それで、もう二度とああいうけんかはしたくないと
こころから思いました。
だって、私たちは、本当に普段仲が良いしとお互いを何よりも大切にし合っています。
仲が良すぎるせいもあって、体調が乱れたりすると
思うように相手に尽くせずにイライラするのがだいたいのけんかの原因みたいなものです。
ほんのちょっとの波長の乱れみたいなもので
あんなにぶつかる必要はないのではないかと思うのです。
もっと穏やかで建設的なな学び方が私たちにならできると思うのです。
それにしても手が痛いくらいで、キャパがうんと小さくなってしまう自分に嫌気がさしました。
これは克服したいところです。
どんな時でも、もっと高く広く、本当の、聖母でありたい。
そういられるようまた夜空に祈りました。
とても具体的で真に迫っていたので
きっとかなうのではないかと思います。
今はまだこころがヒリッと痛むけれど。
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終戦の誓い


戦争を終わらせるために、戦争を知る必要が人間にはある。
戦争は、知らないうちに感染してしまう病気のようでもあり
巧妙に人間の心理に仕掛けられた罠のようでもある。
そうでなければ、あんなに多くの人を悲しみと苦しみと崩壊と悲惨と死に追い込むことが
合法的に堂々と行われるはずがない。
私たちは普段から、隠された悪を注意深く拒む練習をしておかなくてはならないと思う。
でないと、知らず知らずに踏み入れた罠に足を捕られて
引き返せないことになってしまうということが起こると思うからだ。
悲しいことだけど
一部の人々の利益のために
全体の命や尊厳や幸福や自由など
いとも簡単に踏みにじられるということが
繰り返されてきている。
その代償はまだまだ私たちが支払い続けている。
お母さんのお父さんは沖縄で玉砕している。
満鉄の社員で旅館も経営していて
放送劇団を主宰、作家、演出、プロデュースをし
森重久弥さん、芦田伸介さんを率いていたと聞いている。
今日、徹子の部屋で新藤兼人監督がおっしゃっていたが
30才を過ぎた芸能関係者を招集するのは
もう、日本が末期的な状況だったことを物語っている。
うちのじいちゃんも33歳で終戦間際に呼ばれた。
いったいどんな死に様だったんだろうと思う。
無念で無残だっただろう。
幼い子供4人を残し
20歳過ぎたばかりの妻を残して。
うちの母の家庭はお父さんのいない家庭になった。
家もなくなった。
小さいころから、アフリカの恵まれない子供に愛の手を!という言葉は
耳になじんでいる。
アフリカは貧しいんだ、と、当たり前のように思っていた。
でも、あんな美しい生命力に満ち溢れた大地と生き物が貧しいのは
戦争が絶えないせいだと知った。
どんなに家族のために働いても
戦争があると物資はなくなり
働き手は死に
後始末に追われる。
私の育った家庭は貧しかったわけではないが
戦争がなければもっと発展し豊かだったんだろうな、と、最近気づいた。
お母さんも、子供の時に負った心の傷や観念のために
人生をどれだけ制限されてきただろう。
戦争が終わって62年経って、初めて見えてくることもある。
それまでは、まだ、傷跡の中にいて見えなかったのだ。
傷跡の中で傷のことを誰もまともに語れないのだ。
これから先もたくさんのことが見えてくるだろうと思う。
私たちは支払いと学びをまだまだ続けなければならない。
本当の尊厳と愛と平和を体現できるまで。
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