佐賀のがばいばあちゃん

見てください。もっと早く見てお勧めしたかったです。
佐賀のがばいばあちゃんHPはここをクリック!!
今ホームページ見てまた泣いちゃいました。
私、日本の人情映画って結構苦手でした。
日本映画ならATGみたいなのが中学生の頃から好きで
笑いと涙の・・・とか言われるだけでひいちゃうところがあったんです。
多分私の人生がその辺の映画より全然すごいので
それ以下のストーリーには興味が持てなかったんです。
だけど、この『佐賀のがばいばあちゃん』は違いました。
これまで見たどの日本映画とも違ってます。
懐かしいけど、もしかしたら最新のテイストの日本映画です。
私、笑いに対してもかなり厳しいです。
みんなが笑っててもめったに笑わないんですが・・
映画館で思わず声を出して笑っていました。
その笑いというのも本当にさりげないんです。
ほほえましい、心が勝手にあったかくなってしまうような笑いです。
そして気がついたらもう胸がいっぱいで勝手に涙があふれてしまいました。
この日に限ってハンカチを忘れてしまい、大惨事でした。
一人だったら声を出してえ~んえ~んって泣きたかった。
涙というのも、これまで日本映画に描かれてきたものとは違う気がしました。
時代は昔なんだけど、ノスタルジーだけではない
同情的な涙ではない
現代に本当に必要な知恵や愛が胸に注がれて、
満たされて思わずあふれてくるような種類の涙です。
ホームページにはねたばらしがかなりしてあるのですが
完全に文字を上回る面白さでした。(原作は読んでいないのですが、演技も演出も最高でした)
吉行和子さん、最高でした。
もともと好きな女優さんでしたが、もとが美しいので
小奇麗にまとまってほしくないなと思っていましたが
とんでもない。
余すとこなくがばいばあちゃんに肉迫していました。
どのセリフをとっても好きです。
どのシーンも名シーンです。
脚本の山元清多さん、昔から芯の通った魂の通ったセリフしか書かない
大好きな脚本家でしたが、見事でした。
すべての日本人と世界中の人に見てほしい。
日本人は、これを見とけば大丈夫、な気がする。
女子高生が感想で「ものがなくても、幸せに生きられる気がする」と言っていました。
ものがあろうとなかろうと、人間は工夫しないと幸せには生きられないと思う。
工夫と言うのはこころのあり方に対して知恵を使うこと。
余談ですが私の母方のルーツは佐賀県です。
私の半分は佐賀の血。行ったことはないのですが。
初めて、佐賀に親しみが持ててちょっと嬉しかったです。
私にもがばい血が流れてるんだ~^^
DVD出たら絶対に手元に置いておきたい作品。

お詫び

先日の日記にたくさんの方々からご心配のメッセージいただき
本当にありがとうございました。
私のキャパいっぱいいっぱいの事件だったため
内容を吟味せず書いてしまい
ご迷惑をおかけする可能性を感じ
削除させていただきました。
せっかくいただいた暖かいコメントを
一緒に削除されてしまったことをお許しください。
メッセージはしっかりと私の胸に刻ませていただきました。
今回の件に関しては、関係者にご迷惑をかけつつ
反省に反省を重ねつつ
なんとか収束の方向へと向かっています。
今回のことで私自身認識を新たにすることの連続です。
そういった意味では本当に勉強になりましたが
この学習を今後に生かすには更なる進化と努力を要することだと認識しています。
今回思ったのですが、いきなり横っ面を張り倒されても
張り倒し返すってなかなかできないものですね。
思わず反対の頬を差し出してしまいました。
それに引き換え、
立場を理解し許してくれたほうの人に泣いてもらったような結果になってしまいました。
心の底では、後者の側のほうに絶対に恩返しするぞという思いが湧き上がりましたが。

普通だけど

よき一日でした。
昨夜ものすごく怖い夢を見たんだけど(前代未聞の恐ろしさ!)
何事もなく楽しく過ごせました。ありがとう^^(妖精さんたち天使さんたち)
週末のスクワットのやりすぎで股関節痛がでてしまった。やりすぎ注意です^^;
怖い夢はそのせいかな。寝てる時特に激痛。今はだいぶいいです。
やりすぎ注意だけど、これはほんといいですよ。
体幹も程よく鍛えられるのでだいぶ引き締まって
見た目がかなりよくなりました。あと、疲れにくくなります。階段などがラク。
身のこなしにキレが出る。
自分の欠点って自分が一番知ってるのですが、
ウレシイ変化です。(ウレシくてやりすぎました^^;)
昨日は下着をまとめて買いに行きました。
かわいいのが買えたおかげで幸せ度アップ。
最近仕事関係で変化があります。いろいろ新たな展開がありそう。
辛いときも苦しいときも、
地味にこつこつなんかやっとくと後で結果がついてくるってありますね^^
今日ある方のナレーションのデモを聞いててそこに出てきた文。
「願うことと夢を描くことは違う。
前者は行動を伴わない絵空事だか、
後者は実際の行動のように知恵や原動力を使って計画している」
というような事でしたが、いいなと思いました。
明日早いのでもう寝ます。
have sweet dream ! see ya.

ひとつところから

ヒプノセラピー、これまでに700近いセッションをした計算になります。
いい経験をしました^^
普通のカウンセリングとは違うので、特に悩みを打ち明けてくださらなくてもいいのです。
悩みなんてなくてもいいのです。
でも以前、ラディアンスという組織でセラピーをしていた時は、
一人の方に丸二日かかりきりで催眠を行うものですから
自然お話しを伺う時間が長くなります。
そこで私は驚くべきことを発見しました。
人の悩み(葛藤)はほとんどの場合たった一つの原因しかない、ということです。
信じられますか?
もちろん本人はものすごく(限りなく)たくさんの問題を抱えていると信じています。
だからひとつ話し出すともう限りがありません。
聞いていると、本当に大変そうです。
解決なんてできそうにもありません。
幼いころから親に虐待され、幸せがなかった。早く大人になって自立したくて結婚したら相手が
酒乱だった。子供をつれて別れた。帰るところがない。借金を抱えている。子供がぐれた。・・・
エンドレス連鎖です。
私はなるべく正確にその方の状況を見ようとします。
ですがもちろん私がその方の問題を片付けるわけではありません。
ヒプノのすごいところは、その方がどんな状況や痛みをを抱えていようと
ひとつところへ導きだしてしまうところです。
それは気づきという光の海です。
光の海へぽちゃんと投げ出され、ぷかぷかと漂うようにその海に浮かんでいる時
人は自分という存在をまるで初めて出会う愛しい者のように感じるのでしょう。
そしてその愛しい存在を苦しめているものの正体が光に照らし出されるのです。
それはなにを隠そう・・・そうです。自分の思い込みなのです。
その瞬間瞬間で人が抱えている問題の数々はだいたいにおいて、
ひとつのテーマから派生しています。
ではそのテーマの正体は何でしょうか。
それはその人が「あること」を自分に許していないことから起こっています。
「あること」の中身は様々ですが、そういくつも一人の中に同時には存在できません。
存在していても、今問題となっている事と関わっているのはだいたいひとつです。
その他はまた後で必要な時に浮上してきます。
光の海の中で「あること」が見えた時、もう問題は出口へと向かっています。
絡まり膠着していた問題は一気に解放されることが多いのです。
では、思い込みは悪(マイナス)なものでしょうか?
もちろんノーです。
思い込みこそ人が持っている最大のパワーのひとつです。
思いは創造(想像)するだけです。破壊も含めて。
ここからが私が最近思うことなのですが・・。
スピリチュアルの道を歩んでいる方も、そうでない方も、最近は浄化(デトックス)が大好き。
私も長きにわたって、過去(や過去世)から影響を受けて本当の自分の光を妨げていた部分を
必死に浄化してまいりました。
私にとってはそれが死活問題だったからです。
私は家族がいつも火宅なもので、
私が病気(特に心の)になったりしても誰も助けてくれる人がいなかったのです。
私が育った家族の5人中2人は精神的な病気で要介護なので
私がそちら側に回ることはどうしても無理だったのです(2:3じゃ全員倒れます)。
だからとても危なっかしい私ではあったけど、こっち側(健康なほう)にとどまりました。
そのためには勉強して整理することと実際自分を変えて鍛えることがどうしても必要でした。
おかげさまで40年間こっち側にとどまっているという実績が作れました(笑)
これは私の感触ですがスピリチュアルな道へ導かれた方の中には、
幼少の頃、家族の中で辛い思いをされた体験をお持ちの方が多いのではないでしょうか。
トラウマの中には親の怒りが関わっていることが多いと思われます。
浄化という修行をなさっている方はどこか、
怒りを消してしまわなくてはならないと思っている方が多いのでは?
私は実際、過去の清算をしている過程ではそう思っていました。
けれどどうにかこうにか過去を卒業できてきたような昨今、ヒシヒシと思うのは
人間はこのままで本当に美しいということなのです。
20世紀を生きていた頃私は、21世紀には戦争なんてなくなっていると思っていました。
でも21世紀の幕開けはテロでした。
最近の情報ではそのテロは、アメリカの自作自演だとさえ言われています。
おかしいと思いませんか?
誰が?何のために?
私は戦争という殺し合いは、人々の怒りの産物だとは思いません。少なくとも21世紀の戦争は。
一部の利己主義者が暴利をむさぼるため人間の純粋な怒りを利用した、
巧みに仕組まれたシナリオだと思っています。
だって、こんなにもたくさんの人たちが
本当の自分という存在に目覚め始めているじゃありませんか。
愛や平和を中心とした世界を望んでいるじゃありませんか。
今人間が抱えている問題はみんな人間が過去に作り出しています。
私たちは今(真実)を知る必要があります。
そのためにひとりひとりが過去を癒すことは重要でした。
それは、私たちが罪悪感(恐れ)を手放し再出発するためです。
恐れから判断しないためです。
感情を消すためではありません。
もしもこの先ひとりの意識の中で一片残らず怒りが消えた時は
世界から怒りが消える時だと私は思うのです。
それまでの間は、人は(たとえ自分のためにそうする必要がなくなったっとしても)
誰かのために泣き誰かのために怒ることは愛だと私は思う。
というよりみながそういう意識を持つことこそが
人間としての進化(アセンション)なのかもしれないと思う。
繰り返すが、そのためにひとりひとりが過去を癒す必要があった。気づいた人から順に。
キリストはものすごく怒っていたと私は思っている。
キリストはものすごく悲しみ嘆いていたと思う。
自分のためだけではなく、隣の誰かのために。
キリスト意識とはそういうものではないでしょうか。
(菩薩だって同じだ)
最初の話しに戻るが、私たちは気づき続けるから生きている。
変化し続けることが生命の使命だ。
問題をなくすことが使命ではない。
人間として生まれたなら、人間の持ちうるパワーのすべてを知り尽くし使いこなし
真の自由を生きることが、肉体の求めて止まない望みなのではないだろうか。